一般には,個体群の密度によって個体の産子数,成長率,死亡率,行動などに変化が生じ,ひいては個体群増加率に影響が表れることをいう。とくに高密度化での密度効果を〈混み合い効果crowding effect〉と呼ぶこともある。空間や食物という資源には限りがあるから,生物がその個体数を無限に増加させることは不可能である。このため人口(個体数)は,最初のうちは幾何級数的に増えるが,やがて上限に達して横ばいになってしまう。そして人口はその土地の収容能力に見合うところに落ち着くという考え方が,すでに18世紀のヨーロッパで広く認められていたようである。ただし,そのメカニズムについての具体的な議論はなかった。人口論の研究を発展させるうえで最大のきっかけとなったのは,T.R.マルサスの《人口論》(1798)の出版だろう。その中でマルサスは,〈制限を受けなければ人口は幾何級数的に増加するのに対し,生活資源は算術級数的にしか増加しない〉と述べている。ただし,マルサス自身は,単に資源の増産が人口増加の伸びに追いつかないことだけが人口増の頭打ちを実現しているわけではないことを認めていたようであり,アメリカの高い人口増加率とヨーロッパのほぼ一定の人口増加率を比較しつつ,資源の量のほかに貧困や早婚の戒めなどの道徳律が人口増を抑えていると論じている。それに対してサドラーM.T.Sadler(1780-1835)は,1830年に,人口が増すにつれ増加率は逆に低下することを初めて明らかにし,人口の増加を抑制する密度依存的要因の存在を示唆した。続いて,ベルギーの数学者フェルフルストP.F.Verhulst(1804-49)が,人口増加はS字型(シグモイド)曲線を描くことを示して定式化し,1845年にそれをロジスティック曲線と名づけた。
これとは別に,アメリカにおける人口増加率を調べる過程でロジスティック式を見いだしたパールR.Pearl(1879-1940)は,実験個体群での検証を試み,1922年に個体群密度が増加するにつれてキイロショウジョウバエが産卵数の減少と死亡率の増加を引き起こし,結果的に個体群増加はロジスティック曲線を描くことをパーカーS.L.Parker(1895-?)とともに明らかにした。これが事実上最初の密度効果の実験的証明である。その後,原生動物,ミジンコ,貯穀害虫,ハツカネズミなどの実験個体群を使った研究が数多くなされてきたが,いずれもそれらの個体群増加は基本的にロジスティック式で記述できる場合が多いことが確認されてきた。
同時に,実験個体群ばかりでなく自然個体群においても,個体数は無限に増加することはなく,ある上限以下で変動していることが多くの生物で確認されてきた。このような形で個体数を制御している要因がなんであるかについては,生物学派biotic schoolと気候学派climate schoolと呼ばれた2派の間でかつて激しい論争がかわされた。生物学派は,個体群の増え過ぎと減り過ぎを抑え,個体数(個体群密度)を安定化させるうえで決定的なものは密度依存的要因だと主張する。それに対して気候学派は,密度非依存的要因である気候などの物理的環境の作用を重視した。結局この論争は,生物学派が学界の大勢を占めるという形で収束し,現在に至っている。より詳しく述べるならば,気候要因などの影響力は当然無視できないが,それらにしても密度非依存的に働くことはむしろまれで,ほとんどの場合密度に依存した作用をおよぼしているという考え方が一般的になったということである。ここでいう密度依存的要因の作用こそが,すなわち密度効果である。
動物の自然個体群における密度効果については,具体例の一部を表に示した。最も代表的な密度効果は,高密度下における繁殖率の低下と死亡率の増加であろう。繁殖率低下の原因としては,混み合いによる個体間干渉による妊性の低下,交尾の妨害,栄養状態の悪化などによる1雌当りの産子数減少が考えられる。また個体群全体としては,なわばり制によって締め出されたあぶれ個体の増加や,順位制によって劣位個体の多数が繁殖に参加できなくなることなどが考えられる。死亡率増加の原因としては,やはり個体間干渉によって起こる物理的・生理的ストレスの増大や捕食・寄生率の増加などが考えられる。
事実ストレスの増大は,内分泌腺の異常を引き起こし,生殖機能の低下や成長の遅れ,病気に対する抵抗力の衰えなどの影響を及ぼす。例えば,ある種の鱗翅目幼虫で周期的に発生するウイルス病は,個体数変動の高密度期における抵抗力低下が原因だとする説もある。捕食・寄生率の増大は,捕食(寄生)者が餌密度の高い地域に集中する傾向があることなどによる。
そのほかに密度効果の有名な例としては,高密度時に起こるレミング類の大移動,バッタの相変異,アブラムシの有翅虫の発生など,移出と移入に関するものがある。また,高密度化による種内競争激化の影響は,とくに植物では無視できないものである。
以上はおもに高密度下における負の効果とでも呼ぶべきものだが,密度効果には正の効果も存在する。例えば,混み合いから開放された低密度下における高い増殖率などがそれである。また,種によっては,ある程度集合することにより,産子数の増加,成長の促進,捕食・寄生率の低下などがもたらされる。ゴキブリがその代表例であり,なんらかの形の社会性を有する種はみなそうである。一般にロジスティック増加をする個体群においては,最大の増加率を実現する最適密度が存在し,ロジスティック曲線の変曲点がそれにあたる。
密度効果は,生物種の適応戦略を考えるうえでも重要である。出現は不規則で短命なのだが豊かな資源を利用する種は,高い増殖率と分散能力を備える必要がある。そのような適応を遂げた種は,ロジスティック式で内的自然増加率を表すパラメーターにちなんでr種と呼ばれる。r種の代表は,アブラムシのように生活史の中に有翅型世代と無翅型世代を備えた種である。彼らは資源がまだ豊富なときは単為生殖で無翅の個体を急速に増やし,高密度になると移動能力のある有翅亜成虫を生じるのである。それに対し,安定な環境にすむ種は,個体数もほぼ飽和密度(K)近くに達している。そのような種では,高い増殖率(r)をもつことはかえって不利であり,なわばり制などの密度調節機構と高い競争力を備えているほうが有利である。そのような適応を遂げた種はK種と呼ばれる。そしてそのような方向に自然淘汰がはたらくことを,それぞれr淘汰,K淘汰と呼ぶ。
執筆者:渡辺 政隆
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
…逆になんらかの事情によって密度が低下した場合には,個体どうしの干渉の低下や食物条件の好転などによる死亡率の低下,あるいはそれらの影響による一雌当りの産卵(仔)数の増加などによって,密度は高い方向へと引き上げられる。こういった現象を密度効果density effectと呼ぶ。多くの生物の個体群には,このように極端な密度の増えすぎや減りすぎを免れるようないろいろな機構が働くようになっていて,その一例としてD.ラックが18年にわたって調査したシジュウカラの繁殖つがい数(密度)と一雌の産む一腹卵数との関係がある。…
…逆になんらかの事情によって密度が低下した場合には,個体どうしの干渉の低下や食物条件の好転などによる死亡率の低下,あるいはそれらの影響による一雌当りの産卵(仔)数の増加などによって,密度は高い方向へと引き上げられる。こういった現象を密度効果density effectと呼ぶ。多くの生物の個体群には,このように極端な密度の増えすぎや減りすぎを免れるようないろいろな機構が働くようになっていて,その一例としてD.ラックが18年にわたって調査したシジュウカラの繁殖つがい数(密度)と一雌の産む一腹卵数との関係がある。…
…多くの場合,時間の経過とともに増殖は頭うちとなり,個体の無限の増加は起こらないのがふつうであるから,そのような抑制効果を生ずる原因としての非線形項が不可欠である。1種類の集団に関するモデル(5)の場合では,二次の非線形項-εx2/Kが抑制効果(密度効果と呼ばれる)を与えていて,t→∞で個体数xは一定値Kに飽和する。この値は(5)の右辺が0となる不動点の一つであり,安定な不動点である。…
※「密度効果」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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