改訂新版 世界大百科事典 「適応戦略」の意味・わかりやすい解説
適応戦略 (てきおうせんりゃく)
adaptive strategy
生物の形質すなわち形態,生理,産子数,卵サイズ,性比,行動などは種ごとにさまざまだが,こうした違いは,生物の種(または個体群)が自然淘汰のなかで,ありうるいくつかの戦略のうちのどれかを選択するという課題に着目し,そのうち最適な戦略を採用してきた結果だと見ることができる。このような見方では生物の形質は一つの適応戦略と理解され,その研究にはゲーム理論や最適制御理論のような数学的方法が援用される。そのさい何が最適かをきめるものさしは,その遺伝子型の個体がどれだけ成功した子孫を残せるかであって,これを繁殖成功度reproductive successないし適応度fitnessと呼ぶ。大洋魚類の多くは一度に数十万,数百万のごく小さな卵を産み,渓流魚の多くは数千ないしそれ以下の大型の卵を産む。この違いは,前者が餌は豊富だが海流などが不確定に変化するためしばしば大量死があり,莫大な数の卵をばらまくことが有利な環境で,後者が安定してはいるが急流に抗して餌をとるため少数でも大型で運動力のある稚魚をもつことが有利な環境で,それぞれ採用した適応戦略の違いとも見ることができる。とはいえ適応戦略は単に環境の違いだけで決まるのではなく,その種の生活史戦略全般と関連して決まる。同じ大洋魚類でもサメは巨大な卵を数個(あるいは胎児を数匹)産むが,これはかれらの大型捕食動物としての生活と関連して進化してきたものであろう。この場合大型の子を少し産むか小型の子を多数産むかは,再生産のために資源をどのように分配するかという問題でもあり,適当な数学的モデルを立てて最適解を得ることによって予測しうる。こうして得られた戦略を最適戦略optimal strategyまたは進化的に安定な戦略evolutionary stable strategy(ESS)と呼ぶ。
適応戦略はある個体群にとって一つであるとは限らない。カエルの仲間には雄がなわばりをもち,そのなかで鳴いて雌を誘って抱接する種があるが,同種内にみずからは鳴かず,他の雄のなわばり内に潜入して雌を横取りする個体がいる場合がある。どちらの戦略を採用するかはなわばりをもっている雄の密度,なわばりをもてぬ雄の割合,なわばり防衛や鳴くことに費やすエネルギーなどによって決まる。ここである個体がどちらの戦略を採用するかを予測する方法の一つがゲーム理論であり,これによってある条件下での二つの型の比率を予測することができる。これにより一定の率で両型が共存すると予測されたとき,これを混合ESSという。
執筆者:伊藤 嘉昭
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報