対華投資(読み)たいかとうし

改訂新版 世界大百科事典 「対華投資」の意味・わかりやすい解説

対華投資 (たいかとうし)

中国に対する投資をいうが,歴史的に見ると,列国による投資と,華僑による投資とがある。

18世紀初頭に東インド会社がすでに広東十三行商人に貸付けをおこなっていたが(公行),南京条約を機に,開港場を中心として貿易活動に対する投資が本格化した。次いで,1894年(光緒20)の日清戦争は外国資本の進出にとり転換点をなした。すなわち,中国が余儀なくされた戦費・賠償金の需要に対しイギリス,フランス,ドイツからの借款が増大し,さらに,下関条約によって開港場における工業企業権が獲得されると,製造業,鉱業など各事業への外国資本の進出が活発化した。そこではイギリスの福公司コンスPeking Syndicate,中英公司British and Chinese Corporation,ドイツの瑞記洋行Arnohold Carberg & Co.,ベルギーのシンジケートBelgique Syndicate,日本の東亜興業,中日実業などの投資機関が設立され,また,諸外国銀行も従来の貿易為替業務に加え,投資機関として外債の仲介をも行うようになった。1900年の義和団の乱から第1次世界大戦にかけ,政治的借款から鉄道借款へと投資対象もしだいに変化した。

 大戦以後を見ると,借款による投資よりも事業投資が顕著になった。国別に見ると,イギリスの首位は不動であるが,ドイツおよびロシアは後退して日本とアメリカが伸長した。とりわけ日本は,大戦中二十一ヵ条要求に基づく西原借款をはじめ,無担保あるいは不確実担保の貸付けを拡大するとともに,紡績業をはじめとする地方製造業,鉱山,貿易商業,航運などの分野で急激な増大を示した。1929年の大恐慌以降には,国民政府成立以来姿を消していた借款が,経済建設運動の進行とともに大規模に再開された。袁世凱えんせいがい)時代以来の大借款であるアメリカとの綿麦借款(1933)をはじめ,鉄道,港湾,航空,電信に対する借款がなされたほか,日中戦争の開始以降,蔣介石政権に対して,イギリスは輸出信用保証制度による信用供与,法幣安定資金借款を行い,アメリカも輸出入貿易に関する信用供与を行った。

 各国投資の特徴をみてみると次のごとくである(表1参照)。(1)イギリス。イギリス資本は中国に対して早くから進出し,貿易業,航運業および金融業の三者が中心となり,関連製造業や公共事業の分野で多角的な投資を行ってきた。イギリス資本の中には,中国や香港に本拠を置く大商社も多く,かつ,製造業や港湾事業などに投下された固定資本の額も大である。貿易業における怡和(いわ)洋行Jardine,Matheson & Co.(ジャーディン・マセソン会社),航運業における太古洋行Butterfield & Swire Co.,金融業における匯豊(わいほう)銀行Hongkong & Shanghai Banking Corporation,新沙遜(しんさそん)洋行E.D.Sassoon & Co.がその中心であった。さらに,権益確保や借款の担保である海関税を管理するなど中国財政に対する大きな影響力を持った。他方,買辦を介して中国商人や銭荘への貸付けを行うなど,中国在地の商業や金融業に対するかかわりも大であった。地域的には長江(揚子江)流域および開港場を主たる活動範囲とし,とりわけ上海に集中している。その他,香港,チベットへの投資も注目される。(2)日本。日本の対華投資は,欧米列国に比較して,全対外投資に占める対華投資の割合が圧倒的に大きい。すなわち,1930年代初めに欧米は1~5%程度であるが,日本は80%余りに上っている。また,投資対象も,公共事業および不動産所有が少なく,金融部門投資の割合も低い。これに反し,製造業とりわけ紡績業への投資が圧倒的に大きく,加えて小資本の雑工業や貿易部門に多く進出した。そのため,欧米列国とは異なり,中国民族資本との対立を生じ,そこにも政治的軍事的な介入をもたらす背景が存在していた。地域的には東北地方(旧満州)への投資が全体の60%以上を占めていた。(3)アメリカ。対華投資の歴史は新しく,第1次大戦以後が中心である。また,在華アメリカ企業への事業投資が多く,スタンダード・オイル,英米タバコ会社などは広い販売網を形づくっていた。その他,公共事業・文化事業への投資が比較的多く,さらに,1930年に設立の米華合弁の中国航空公司など,航空・無線電信・電気事業にも進出している。したがってアメリカの対華投資は,中国民族資本とは正面から対立せず,むしろ高度な技術を提供することにより,民族資本とあるいは中央政府の経済政策を補完する関係も有した。(4)その他。ドイツは1898年の膠州(こうしゆう)湾獲得以降,山東足場に進出した。第1次大戦時には在華財産は没収されるが,1921年以後回復し,第2次大戦に至るまで貿易を拡大させると同時に,飛行機・鉄道材料などへの投資が顕著であった。フランス,ベルギーの対華投資は,銀行資本の活動が中心となっており,借款投資が圧倒的に多い点が特徴である。フランスは雲南・広州湾地域に影響力を持った。

 以上の列国の対華投資を概括すると,(1)中国人民間事業への投資はほとんどなされず,(2)開港場,租界とりわけ上海を中心として,各国の国内経済事情を反映させつつ投資がなされ,(3)間接投資に比して直接事業投資の比重が大きい,という特徴をもっていた。他方,(4)中国側の資本収支勘定から見るとつねに支払超過になっていた。

在外華僑の送金は,中国の国際収支の支払超過を埋め合わせる主要な一項目であった。出身郷里である福建・広東への家族送金も広義の投資とみなすことができるが,1930年代には毎年3億元にも上っている。その他の投資対象として,不動産を首位に,商業,金融業に対する投資が多く見られる(表2参照)。そのほか,潮汕鉄路公司,寧陽鉄道有限公司,福建鉄路公司,厦門(アモイ)市や汕頭(スワトウ)市の公共事業,内国債への投資なども東南アジアやアメリカの華僑資本によって行われている。また,辛亥革命や日中戦争などの時期にあって,救国を目的とした巨額の捐款(えんかん)が送られている点も留意されなければならない。
華僑 →対華借款
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