解放前の中国に存在した外国特殊権益の一つ。アヘン戦争後に締結された南京条約や虎門寨追加条約によって外国人は開港場における居住貿易権と家屋建造権を獲得した。ついで1845年(道光25)11月にイギリスは上海道台と土地章程を取り結び,これを土地貸借の法的根拠として上海にイギリス租界を開設した。これが中国における最初の租界である。なお,イギリス租界の四至(領域)が確定したのは,翌年9月のことである。租界は土地取得のしかたによって,コンセッションconcessionとセツルメントsettlementに分類される。コンセッションは外国政府が中国政府から永久租借した土地を各国領事を通じて個人に払い下げるもの,セツルメントは外国人が中国人の地主から直接に租借するものである。また租界は形態上,一国が管轄する専管租界と複数国が管轄する共同租界に分けることもできる。例えば,上海のイギリス租界はセツルメントであり,63年(同治2)にアメリカ租界と合併されて共同租界となった。
中国のいわゆる半植民地化が進行する過程で諸外国は租界の一般行政権まで事実上行使するようになったので,租界は中国の統治権が及ばない,まったく独立した地域となった。不平等条約の存在とあいまって,租界は列強による中国侵略の根拠地としての役割を果たしたのである。他面,清末以来の革命運動に租界が重要な場所を提供したことも見のがせない事実である。日清戦争後,いわゆる利権獲得競争の時代に入ると,租界の数は急増し,ついに第1次大戦前に最大となった。その内訳は,共同租界2,専管租界25,管轄国8である。第1次大戦後における中国ナショナリズムの高揚を背景に,いわゆる国権回復運動が推し進められると,租界の回収もその主目標の一つに掲げられた。これに対して諸外国もしだいに譲歩した結果,第2次大戦中までに中国はすべての租界を事実上回収することができた。
執筆者:井上 裕正
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旧中国に存在した外国の特殊権益の一つで、外国人がさまざまな特権をもっていた地区。中国の半植民地的性格を示すものである。1842年の南京(ナンキン)条約以降、イギリスが上海(シャンハイ)に自国租界を開設(1845)したのが中国における最初の租界である。日清(にっしん)戦争後、帝国主義列強の利権獲得競争によって租界の数は激増し、第一次世界大戦前に最大となった。租界には、一国が管轄する専管租界と、複数国が管理する共同租界がある。設定された租界数は共同租界2、専管租界25、設定国は八か国にわたる。おもな租界は上海、天津(てんしん)、漢口、広州、厦門(アモイ)などである。租界は、列強の中国における侵略活動の根拠地としての性格をもち、それを保障・維持するため領事裁判権、外国軍隊の駐留権、および経済活動に関する特権をもっていた。日本の中国侵略活動の根拠地として、また在留日本人が集中して居住していたのもこれらの租界であった。
租界はいわば中国の植民地としての地位、矛盾を象徴する存在であり、わけても上海は、1919年の五・四運動、25年の五・三〇事件など、中国革命史のうえで重要な位置を占めている。第一次大戦以降、利権回収、反帝国主義の運動が強くなり、租界はその主要対象として漸次回収されていった。1943年に事実上返還が完了し、100年にわたる中国租界制度は消滅した。
[南里知樹]
中国に進出した列強が,中国人との雑居にともなう不便をさけ,みずからの居住・貿易権を確保するために設置した一定の地域。アヘン戦争後の南京条約(1842)で広東・厦門(アモイ)・福州・寧波(ニンポー)・上海が開港されたのが端緒。とくに上海では1845年,居住・貿易権の強化をはかるイギリスと上海の地方官憲の間で土地章程が結ばれ,イギリス人専用の居住地域ができた。このイギリス租界は,63年にアメリカ租界を合併して共同租界となり,フランスも49年には上海にフランス専管租界をつくった。日本も日清戦争後,天津・漢口に租界を開設。第1次大戦直前までに中国に租界をつくった国は8カ国,租界総数は29カ所にのぼった。租界は時をへるにつれ「外国の領土」と化したが,第2次大戦後,中国はすべてを回収した。
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アヘン戦争以後,開港場に設置された外国の租借地区。1845年,イギリスが上海に設けたのが最初で,その後これにならって他の開港場にも設置された。特に日清戦争後は列強の利権獲得競争によって租界は激増し,第一次世界大戦までにイギリス,フランス,ドイツ,日本など8カ国によって設定された租界は,共同租界2,専管租界25に達した。租界は中国領土ではあるが,行政・司法権はその設定国に属し,列強の中国に対する政治,経済,軍事活動の基地として大きな役割を果たした。第一次世界大戦後に租界は中国の利権回収運動の対象となり,9租界が返還され,他の租界も第二次世界大戦後すべて返還された。
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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