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尸子 ししShi-zi

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

尸子
しし
Shi-zi

中国,戦国時代の学者。名は佼。『史記』によれば荀子と同時代の楚の学者とされている。また,秦の商鞅の客となり商鞅が刑を受けたのち,蜀に逃れて著書の『尸子』 (20巻) を著わしたといわれるが,事績の詳細についての明証はない。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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世界大百科事典 第2版の解説

しし【尸子 Shī zǐ】

中国古代の思想書。雑家の書とされる。20編。宋のころ亡失し,今は唐の《群書治要》など諸書に引かれた短文を集めた上下2編の本である。尸子の名は佼,晋の人で秦の商鞅(?‐前338)の客となり,商鞅の刑死の後,蜀(四川省)に逃げてこの書を作ったという。また楚に居たともいう。内容は儒教的な言葉が多いほか,地理説や名物解説,道家的な生死観など雑多で,諸子の書物と重なるところ少なくない。【金谷 治】

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
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大辞林 第三版の解説

しし【尸子】

中国の雑家の書。戦国時代の思想家尸佼の著作。上巻一三篇、下巻佚文数十則が伝わる。儒家思想を主とし、ときに道家・名家の観点をまじえる。また歴史故事や民間伝説を引いて例証としている。

出典|三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

尸子
しし

生没年不詳。中国、戦国時代の思想家。またはその著書。楚(そ)(一説に晋(しん))の人、名は佼(こう)。秦(しん)の宰相商鞅(しょうおう)の客で、商鞅が車裂(くるまざき)の刑にあうや、蜀(しょく)に逃亡したと伝えられる。『漢書(かんじょ)』芸文志(げいもんし)の諸子略雑家の項に、『尸子』20編を載せる。もと20万言余といわれる。南宋(なんそう)に至って亡失した。ただし、清(しん)朝の学者によって逸文が編補されている。これをもとに知られる編名は、勧学、貴言、四儀、明堂(めいどう)、分、発蒙(はつもう)、恕(じょ)、治天下、仁意、広、綽子(しゃくし)、処道、神明、広沢、止楚師(しそし)、君治などである。墨家と儒家の説の調和のうえに義を説いた。[伊東倫厚]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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