出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報 | 凡例
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島地 大等
シマジ ダイトウ
明治・大正期の僧侶(浄土真宗本願寺派),仏教学者
- 生年
- 明治8年10月8日(1875年)
- 没年
- 昭和2(1927)年7月4日
- 出生地
- 越後国中頸城郡三郷村(新潟県上越市)
- 旧姓(旧名)
- 姫宮
- 別名
- 幼名=等
- 学歴〔年〕
- 西本願寺大学林高等科〔明治32年〕卒
- 経歴
- 新潟・勝念寺の姫宮大円の二男に生まれ、明治35年盛岡市の願教寺住職であった島地黙雷の養嗣子となる。同年東京高輪の仏教大学で印度仏教教理史を講じた。同年インドに渡り、西本願寺法嗣大谷光瑞の仏教史跡探究の一行に加わり、翌年帰国。39年以降曹洞、浄土、日蓮、天台など各宗大学、東洋大の講師を歴任。大正6年西本願寺幼法嗣の教育を担当した。7年東京帝大文科大学仏教の講師となる。14年最高の学階である勧学に。著書に「思想と信仰」「教理と史論」「天台教学史」「真宗大綱」「日本仏教教学史」など。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報
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島地大等
しまじだいとう
(1875―1927)
明治・大正期の仏教学者。新潟県中頸城(なかくびき)郡、浄土真宗本願寺派の僧姫宮大円(ひめみやだいえん)(1840―1899)の次男として生まれる。幼名は等(ひとし)。1902年(明治35)本願寺の大学林を卒業し、同年、大谷光瑞(おおたにこうずい)の指揮下にインド仏跡の調査に従う。1907年、島地黙雷(しまじもくらい)の次女篤子と結婚し、島地姓となる。1916年(大正5)より本願寺の大谷光照(こうしょう)(1911―2002)幼主の傅育(ふいく)に携わる。1919年以後、東京帝国大学講師として日本仏教史を講じ、日本仏教の思想史的研究に先鞭(せんべん)をつけた。著書に『仏教大綱』『天台教学史』『日本仏教教学史』などがある。
[末木文美士 2017年7月19日]
出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例
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島地大等 しまじ-だいとう
1875-1927 明治-昭和時代前期の僧,仏教学者。
明治8年10月8日生まれ。姫宮大円の次男。島地黙雷(もくらい)の養子。浄土真宗。西本願寺大学林,前田慧雲(えうん)にまなぶ。明治35年大谷光瑞(こうずい)のインド仏跡調査に参加したのち,東京帝大などで仏教学,仏教史をおしえた。昭和2年7月4日死去。53歳。新潟県出身。幼名は等。著作に「真宗聖典」「天台教学史」など。
出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
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島地大等
しまじだいとう
[生]1875
[没]1927
浄土真宗本願寺派の僧,東京大学講師。『天台教学史』『十不二門論講義』など仏教教理に関する研究が多い。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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島地 大等 (しまぢ だいとう)
生年月日:1875年10月8日
明治時代;大正時代の学僧。勧学
1927年没
出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報
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