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島田墨仙 しまだ ぼくせん

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美術人名辞典の解説

島田墨仙

日本画家。福井県生。名は豊。父雪谷に円山派を、大平広正に洋画を学び、のち橋本雅邦に就いた。山水・人物を能くする。帝展審査員・新文展審査員。昭和18年(1943)歿、75才。

出典|(株)思文閣
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

島田墨仙 しまだ-ぼくせん

1867-1943 明治-昭和時代前期の日本画家。
慶応3年10月9日生まれ。島田雪谷(せっこく)の次男。橋本雅邦(がほう)にまなび,文展,帝展などに歴史人物画を出品。昭和18年「山鹿(やまが)素行先生」で芸術院賞。作品に「塙保己一(はなわ-ほきいち)」「大石良雄」など。昭和18年7月9日死去。77歳。越前(えちぜん)(福井県)出身。名は豊。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

島田墨仙
しまだぼくせん
(1867―1943)

日本画家。本名豊。福井藩の島田雪谷の次男。初め父に四条(しじょう)派を学び、1896年(明治29)上京して橋本雅邦(がほう)に入門し、本格的に画(え)の修業を始め、日本絵画協会第3回共進会に出品した『致城帰途』で認められる。このころより歴史人物画の分野を志し、有職故実(ゆうそくこじつ)や漢籍を川崎千虎(せんこ)と信夫恕軒に学び、また日本古来の肖像画の技法の研究に努めた。第5回内国勧業博覧会に出品した『大石主税(ちから)刺鼠之図』で著名となり、文展、帝展に主として気品の高い歴史人物画を発表した。ことに第5回新文展(1942)の『山鹿素行(やまがそこう)』は代表作となり、帝国芸術院賞を受けた。[星野 鈴]

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