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左右田喜一郎 そうだきいちろう

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

左右田喜一郎
そうだきいちろう

[生]1881.2.28. 横浜
[没]1927.8.11. 横浜
経済学者,哲学者。 1904年東京高等商業学校 (現一橋大学) 専攻部卒業後,イギリスドイツフランスに学び,08年主著『貨幣と価値』 Geld und Wert,Eine logische Studieを著わしテュービンゲン大学より博士号を取得,13年帰国。

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デジタル大辞泉の解説

そうだ‐きいちろう〔サウだキイチラウ〕【左右田喜一郎】

[1881~1927]経済学者・実業家。神奈川の生まれ。ドイツでリッケルトらの影響を受けて、日本に経済哲学を紹介した。左右田銀行頭取・貴族院議員。著「貨幣と価値」「経済哲学の諸問題」など。

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百科事典マイペディアの解説

左右田喜一郎【そうだきいちろう】

経済哲学者。横浜出身。母校東京高商と京大の講師を兼任,また左右田銀行頭取。新カント派哲学の影響を受け,経済の意義は経済的文化価値の実現にあるとし,貨幣を価値の客観的標徴とみる経済哲学を展開。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

左右田喜一郎 そうだ-きいちろう

1881-1927 明治-大正時代の経済学者。
明治14年2月28日生まれ。37年渡欧し,新カント派のリッケルトらに師事。大正2年帰国。母校東京高商(現一橋大),京都帝大の講師をつとめ,文化価値主義にたつ経済哲学を提唱した。左右田銀行頭取,横浜社会問題研究所長。大正13年学士院賞。昭和2年8月11日死去。47歳。神奈川県出身。著作に「貨幣と価値」「文化価値と極限概念」など。

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朝日日本歴史人物事典の解説

左右田喜一郎

没年:昭和2.8.14(1927)
生年:明治14.2.28(1881)
大正時代に活躍した経済学者。特に経済哲学という新風を巻き起こした。明治37(1904)年に東京高等商業学校(一橋大)専攻部を卒業してドイツに留学。大正2(1913)年帰国,東京商大や京大の講師を勤め,また横浜社会問題研究所を主宰した。新カント派哲学の立場から,歴史科学における「文化価値」の理念に対応して,経済学における「貨幣計算」の理念を主張。ただし先験的な規制理念と経験的な基礎概念との区別は必ずしも明瞭でなく,恩師福田徳三との間に論争があった。昭和恐慌の際,家業の左右田銀行が倒産。同時に自らも病を得て46歳で生涯を終えた。<著作>『経済哲学の諸問題』『文化価値と極限概念』

(山田雄三)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

そうだきいちろう【左右田喜一郎】

1881‐1927(明治14‐昭和2)
明治・大正期の経済哲学者。1904年東京高商(現,一橋大)専攻部卒業後ドイツに留学し,リッケルトに師事した。13年帰国。東京商大,京大の講師を務めた。新カント派の哲学に立って文化価値主義の経済哲学説を開き,《経済哲学の諸問題》(1917),《文化価値と極限概念》(1922)などを著した。父祖の業である左右田銀行を継ぐかたわら,横浜社会問題研究所を主宰し,黎明会に参加し,文化主義を唱道し,大正デモクラシーに理念的支柱を与えた。

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大辞林 第三版の解説

そうだきいちろう【左右田喜一郎】

1881~1927) 経済学者・実業家。神奈川県生まれ。横浜社会問題研究所を主宰。左右田銀行頭取・貴族院議員。著「貨幣と価値」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

左右田喜一郎
そうだきいちろう
(1881―1927)

経済哲学者。横浜に生まれる。東京高等商業学校(一橋(ひとつばし)大学の前身)で福田徳三に学び、1904年(明治37)卒業後、ただちにドイツに留学し、H・リッケルトを中心とする新カント派の強い影響下に経済学の哲学的基礎に深い関心を寄せた。1913年(大正2)帰国後、母校や京都帝国大学文学部で独自の経済哲学を講じ、その面で多くの著作を公刊した。研究・教職活動と並行して家業の左右田銀行頭取に就任したが、同銀行は昭和初頭の経済恐慌で破産を余儀なくされた。
 左右田の経済哲学は、経済現象の意味としての経済的文化価値の概念を中心に構成されており、彼は経済現象に他の社会現象とは異なった統一性を与え、経済学をして経済学たらしめているものは貨幣だとして、独自の貨幣論を展開した。主著には『貨幣と価値』(独文、1909)、『経済哲学の諸問題』(1917)、『文化価値と極限概念』(1922)などがある。[早坂 忠]
『左右田博士記念会編『左右田喜一郎全集』全5巻(1930~1931・岩波書店)』

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世界大百科事典内の左右田喜一郎の言及

【観念論】より

…ここに理想の追究ないし理念の実現を目ざす理想主義が近世の観念論の一つの型となり,フィヒテの倫理的観念論を代表とする。日本では左右田喜一郎と桑木厳翼とがカントとリッケルトの観念論を文化主義として継承した。【茅野 良男】
[インドの観念論]
 インド思想の一般的な特徴は,それが必ずなんらかの宗教体験の上に立って展開されているということであり,この点をはずしてそれが観念論か否かを問うのは危険である。…

【経済哲学】より

…またソシオ・エコノミックスといわれる研究も,経済行為の象徴論的解釈をめざすものであり,主観主義の経済哲学と深い関係をもちつつある。また,日本における左右田喜一郎(そうだきいちろう),杉村広蔵,本多謙三らによる経済哲学の試みも,この範疇(はんちゆう)と考えられる。 近代経済学が哲学とふれあう第2の局面は,いわゆる社会的厚生の問題をめぐってである。…

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