対象物が実際には存在しないのに物が見えること。見えるものは人や動物,事物,風景などであり,眼前にありありと見たり,目の中,頭の中,ときには自分の背後に見る(視野外幻視)。動物が見えるのを動物幻視,人や物が小さく見えるのを《ガリバー旅行記》にちなんでリリパット幻視(小人島幻覚)と呼び,自分の姿をみるのを自己像幻視(鏡像幻視,ドッペルゲンガー)と呼んでいる。幻視は一般に意識障害の際にあらわれやすく,したがって症状精神病(急性伝染病,全身疾患などの際の精神症状)や,中毒性精神病(アルコール依存症,各種幻覚剤中毒など)に多くみられる。統合失調症にもみられるが幻聴にくらべると少ない。ナルコレプシーの睡眠発作の際の入眠時幻覚では恐怖を伴う幻視が知られている。そのほか視神経から脳の視覚中枢にいたる系路が侵されても幻視がおきるが,その内容は多くは要素的(閃光,単純な図形)なものである。
→幻覚
執筆者:保崎 秀夫
英語,フランス語のビジョンvisionの訳語として〈幻視〉があてられることがある。宗教や芸術の分野において幻視は,啓示や霊感を得るための重要な体験とされた。この場合,幻視は通常(1)自然に,ないし突発的に訪れるか,あるいは(2)各種の行や儀式を通じて得られるかの,いずれか一つの形態を取る。いずれにしても予言者や巫女,ないしシャーマンといった神との対話者は,幻視を介してその職務を果たすことになる。ところで,一般に理性的思考の優勢だった古代ギリシアやローマ期には,いわゆるデーモンによる突発的な啓示が存在したことを除いて幻視体験は祝祭や秘儀の参加者に限られていた。しかしオリエントを含む東洋諸地域や中世のヨーロッパでは幻視を体験することが日常的に行われた。教会は幻視体験を管理する立場にもあり,悪魔の誘いである偽りの幻覚と真の幻視とを区別し,人々を教化することに忙しかった。とくにこの時期スペインには,アビラのテレサや十字架のヨハネらの瞑想神秘主義者が出て,祈りによる幻視体験を最重要な信仰生活としてとらえ,また反宗教改革期のイグナティウス・デ・ロヨラも《心霊修業》と呼ばれる一種の幻視体験カリキュラムを構築した。クエーカー派の開祖G.フォックスは,町を歩いているさなかにさえつねに神の啓示を耳にしていたといわれる。またジャンヌ・ダルクの得た幻視は有名である。この伝統はやがて,ある日突然神の啓示を受けて宗教的思索活動に身を投じたベーメや天使・精霊と対話できたと伝えられるスウェーデンボリらに受け継がれた。一方,芸術家たちも創作上の霊感を得るために幻視体験や瞑想修業を重視し,W.ブレークは〈幻視とは洗い清められた感覚で自然を見ることにほかならない〉として,詩作や絵画制作そのものを幻視体験と同一視した。東洋でもイスラム教や仏教などでほぼ同様の歴史が推移した。その間,幻視体験を人工的に引き起こさせる方法も開発され,イスマーイール派のハシーシュ,中米インディアンのペヨーテなどが有名である。
執筆者:荒俣 宏
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…さらに幻覚をも生ずる。幻覚としては幻視が多いが,幻聴やからだの浮遊感や無形感などの身体幻覚もみられる。幻視は,光る点や線という単純なものから,幾何学模様や場面的な幻視までのさまざまな段階のものがみられ,移り変わる。…
…外部からの刺激を誤って知覚するときは錯覚といい,幻覚と区別している。幻覚は知覚の種類にしたがって幻聴,幻視,幻触,幻臭(嗅),幻味,体感幻覚などにわけられている。 幻聴は主として人の声が多く,自分に対する悪口,批判,命令の内容で,音が聞こえることはすくない。…
※「幻視」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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