略称JH.昆虫のアラタ体から分泌されるエポキシセスキテルペノイドのメチルエステルで,変態にきっ抗して幼虫形質を積極的に維持させるホルモン.昆虫の脱皮・変態の調節に関係するホルモンは,JH-Ⅰ,-Ⅱ,-Ⅲの3種類で,JH作用下にエクジソン(脱皮ホルモン)が作用すると幼虫は次齢の幼虫へと脱皮するが,JHがないと幼虫は変態して,完全変態ではさなぎへ,不完全変態では成虫へと変態する.終齢幼虫に投与すると変態せずに加齢幼虫を生じたり,成虫にエクジソンとともにJHを投与すると部分的にさなぎ形質を発現したり,さなぎに人為的にJHを投与すると二次さなぎに脱皮することから,現状維持ホルモンともよばれる.生理作用はJH-Ⅰがもっとも強く,JH-Ⅲがもっとも弱い.存在は,JH-Ⅰが鱗翅目に限られるのに対し,JH-Ⅲは双翅目(ハエ)を除いて昆虫に普遍的である.さなぎの期間はJHは分泌されずエクジソンにより羽化する.成虫に対しては機能が異なり,生殖腺の成熟,卵黄形成タンパク質の合成・分泌と卵母細胞での取り込みなどを支配する.【Ⅰ】JH-O:C19H32O3(308.46).タバコに寄生するイモムシガManduca sextaの発育中の卵からのみ分離された.このホルモン混合物の一部は幼虫の発育に必須な成分である.油状物.+13.8°(メタノール).1.4752.天然物の立体は(E,E)であり,エポキシ部分は合成により(10R,11S)であることが判明し,異性体にはほとんど生理活性がみられない.[CAS 117019-48-4]【Ⅱ】JH-Ⅰ:C18H30O3(294.45).沸点110 ℃(7 Pa).+14.9°(クロロホルム).1.4732.[CAS 13804-51-8]【Ⅲ】JH-Ⅲ:C16H26O3(266.36).油状物質.沸点125~126 ℃(11 Pa).[CAS 22963-93-5]
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
略称JH。昆虫のアラタ体もしくはその相同器官から分泌されるホルモンで,アラタ体ホルモンともいわれる。セスキテルペン(炭素数15のテルペン)骨格をもつホルモンとしては動物界唯一のもの。現在4種(JH-Ⅰ,JH-Ⅱ,JH-Ⅲ,JH-0)が知られている。
1934年V.B.ウィグレスワースがオオサシガメで最初に発見し,成虫化を抑えることから抑制ホルモンinhibitory hormoneと名づけたが,その後オオサシガメの成虫にアラタ体ホルモンを与えたのち,人為的に脱皮させると,部分的に若虫の形質が出現したことから,彼は積極的に若返らす物質として幼若ホルモンの名称を与えた(1940)。北アメリカ産のヤママユガの1種セクロピアサンの雄成虫に多量の幼若ホルモンが含まれていたことから,これを材料とし,チャイロコメゴミムシダマシを検定材料にして,レーラーH.Röllerらが1967年JH-Ⅰの構造を決定した。つづいてJH-Ⅱについてオオハチミツガのさなぎを検定材料としたメーヤーA.S.Meyerらが翌年その構造を決定した。またJH-Ⅲはタバコスズメガから単離され,1973年ジュディーK.J.Judyらが構造を決定した。JH-0はタバコスズメガの卵から発見された。
幼若ホルモンはメバロン酸とホモメバロン酸から生合成される。不活化は,幼若ホルモン特異エステラーゼによりエステルが酸に,エポキシがエポキシドヒドラーゼによりジオールへと変換されたのち,さらに残るエポキシあるいはエステルが分解をうけ酸・ジオールとなる。幼若ホルモン活性をもつ物質は植物中からも発見されており,とくに北アメリカ産のバルサムモミを原料とする紙タオルから発見されたペーパーファクターは有名である。
幼若ホルモンの作用については〈アラタ体〉の項目を参照されたい。
幼若ホルモンは,それ自身に対し昆虫が耐性となることはないはずであるという観点から,農薬として使える可能性があり,実際,マラリアを媒介するネッタイシマカなどの殺虫剤として幼若ホルモン類似体が使用されている。
執筆者:桜井 勝
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…allatumの語はこの移動にちなみ,〈もたらされた〉を意味するラテン語allatusに由来する。
[アラタ体の機能]
アラタ体は3種類の幼若ホルモンJH‐I,JH‐II,JH‐IIIを分泌する。幼若ホルモンは,昆虫が脱皮を繰り返して成長する過程で,前胸腺から分泌されるエクジソン(脱皮ホルモン)との共同作用で脱皮後の形態を決める。…
…脊椎動物と同様に,昆虫でも多くの生命現象,中でも脱皮・変態・羽化といった昆虫に特異的な形態変化がホルモンの支配を受けている。前胸腺から分泌され脱皮を誘導するエクジソンとアラタ体から分泌され脱皮後の形態(幼虫かさなぎか成虫か)を決定する幼若ホルモンがとりわけ重要である。前者は,前胸腺刺激ホルモン,後者はアラタ体刺激ホルモンの支配下にあり,刺激ホルモンはいずれも神経ホルモンである。…
※「幼若ホルモン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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