エクダイソンともいう。節足動物の脱皮を誘導するホルモンとして単離された,分子量464の水溶性ステロール。昆虫では,その作用時に幼若ホルモンが共存すると幼虫へ,微量の幼若ホルモン存在下ではさなぎへ,単独では成虫へと分化・脱皮させる。名称はecdysis(脱皮)とケトン基を意
味するone(オン)の合成語。α-エクジソン,前胸腺ホルモンの別称があり,時に20-ヒドロキシエクジソン(20-OH-エクジソン,エクジステロン,β-エクジソン,クラストエクジソンに同じ)を含めて脱皮ホルモンあるいは変態ホルモンともいう。単離と構造決定はドイツのブテナントA.F.J.ButenandtとカールソンP.Karlson一派によって1948年から始められ,17年の歳月を費やしたが,使用された蚕のさなぎは,乾燥重量で総計3.5tに及んだ。昆虫以外からは,海産ザリガニJasus labandiと海産のカニCallinectes sapidusから20-OH-エクジソンが単離・同定されている。その後,植物にも脱皮ホルモン活性を有するステロールのあることが報告され,これらは,節足動物起源のエクジソン類zoo-ecdysoneに対して,植物性エクジソンphytoecdysoneとよばれている。エクジソン類が抽出された植物の種は66に及ぶが,特にシダ植物と種子植物のマキ科,ヒユ科の種に多い。
トガリバマキやイチイに含まれるポナステロンA,生薬の川牛膝(せんごしつ)の基源植物Cyathula capitata中のサイアステロンは20-OH-エクジソンより活性が強い。またエクジソンは13種の,20-OH-エクジソンは50種の植物から見いだされ,その含量も高い。しかしこれらは昆虫に食べられてもすぐに排出されてしまうため,昆虫に対する意味は不明である。
エクジソンは前胸腺刺激ホルモンの作用をうけた前胸腺またはその相同器官(腹面腺・囲心腺・環状腺・Y器官等)で,コレステロールを基質として合成・分泌される。これは主に脂肪体でさらに酸化され,20-OH-エクジソンとなり標的組織に作用する。エクジソンはステロールであるにもかかわらず水溶性であるため,体液中からは輸送タンパクは検出されていない。細胞膜を通過したエクジソンは細胞質中のレセプター(受容体)タンパクと結合し,その後細胞核内に移行して直接クロマチンに作用すると考えられている。エクジソンにより,DNA,RNA,タンパクの合成や有糸分裂等が刺激・促進される。これらの過程のあと,表皮ではアポリシス(旧クチクラと新クチクラの分離)がおこり,昆虫は脱皮する。幼虫脱皮に際しては体制の変化はないが,蛹(よう)脱皮(変態)時には内部構造を含んだほとんどの組織が変化する。多くの昆虫では,筋肉,消化系などほぼすべてが成虫の構造へとおきかわり,神経系の配線も新たにつくられる。しかし,ミツバチでは全体の15%ほどが大きく変わり,あとは成虫の体制に適合するようにわずかに変化をうけるのみである。エクジソンによる脱皮は昆虫のほか,クモ,ダニ,エビ,カニ,カブトガニでもみられることから,カンブリア紀にはすでに,脱皮の過程はホルモンにより支配されていたと考えられ,エクジソンは現在のところ知られている最も古いホルモンである。エクジソンは前胸腺のほか,さなぎまたは成虫の卵巣でもつくられる。カでは吸血後,卵巣から体液中に放出され脂肪体での卵黄タンパク合成を高める。ガ,バッタ,シロアリでは産生されたエクジソンは体液中には放出されず卵巣中にとどまり,卵の成熟にあずかる。その後卵中に蓄積され,少なくとも胚発生初期の漿膜(しようまく)クチクラの分泌に関与する。このほか,胚発生中3回のクチクラ分泌がおき(最後のものは1齢幼虫のクチクラとなる),いずれもエクジソンによるが,その起源は蓄積されたエクジソンか,新生の前胸腺から出るものかは不明。このように,初期の昆虫生理学者が脱皮をうながすホルモンと考えたエクジソンは,幼虫→さなぎ→成虫の脱皮のみならず,卵の成熟から成虫まで生活環のいずれの時期にも機能することがわかってきた。
執筆者:桜井 勝
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
昆虫の前胸腺(ぜんきょうせん)から分泌されるホルモン(前胸腺ホルモン)の本体であり、脱皮、変態を誘導する。1954年ドイツの生化学者ブーテナントおよびカールゾンPeter Karlson(1918―2001)によりカイコの蛹(さなぎ)から単離された。これは高度に酸化されたステロイド性化合物であり、脱皮ecdysisにちなんでα(アルファ)-エクジソンおよびβ(ベータ)-エクジソン(20-ヒドロキシエクジソン)と名づけられた。ホルモンとしての活性は後者のほうが強い。その後、20-ヒドロキシエクジソンは甲殻類からも単離されており、昆虫はもとより節足動物一般に存在するものと考えられている。このほか20,26-ジヒドロキシエクジソンなどの類似化合物が昆虫からみいだされており、類似化合物を総称してエクジステロイドとよぶ。一方、植物界にも、同じ作用をもつ物質が20-ヒドロキシエクジソンをはじめとして、昆虫にはみいだされていないポナステロン、シアステロンなど現在までに50種以上発見されており、これらは植物エクジステロイドと総称される。エクジソンは前胸腺刺激ホルモン(PTTH)の刺激により前胸腺でコレステロールから生合成され、脱皮時、変態時直前に体内濃度が上昇する。脱皮時には新クチクラの分泌、変態時には蛹および成虫のクチクラ形成、成虫原基の形態形成などを促す。最近、昆虫の卵巣からもエクジソンが発見され、卵の成熟や胚(はい)発生にも関係があるのではないかと考えられている。
[藤本善徳]
昆虫や甲殻類の脱皮,変態などに必要なホルモン.【Ⅰ】α-エクジソン:C27H44O6(464.63)(R = H).1954年にP. Karlsonらによって,カイコのさなぎから結晶状に単離され,X線回折および化学的方法でその構造が決定された.融点242 ℃.+65°.λmax 242 nm(log ε 4.09).カイコの前胸腺から分泌され,シダ類など多くの植物にも見いだされている.コレステロールが生合成前駆物質である.[CAS 3604-87-3]【Ⅱ】β-エクジソン:C27H44O7(480.63)(R = OH).1966年,ザリガニの脱皮ホルモンとして単離され,その構造は20-α-ヒドロキシエクジソンと決定された.その後,カイコのさなぎや各種の植物からも発見され,エクジステロン,ポリポジンAなどの別称がある.融点243 ℃.+62°.λmax 244 nm(log ε 4.09).J.B. Siddallらによって部分合成されている.[CAS 5289-74-7].その後,昆虫,甲殻類を含む無脊椎動物から,80種類以上のエクジステロイドが見つかっている.また,植物由来のエクジステロイドはフィトエクジステロイドとよばれ,150種類以上が知られている.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…脊椎動物と同様に,昆虫でも多くの生命現象,中でも脱皮・変態・羽化といった昆虫に特異的な形態変化がホルモンの支配を受けている。前胸腺から分泌され脱皮を誘導するエクジソンとアラタ体から分泌され脱皮後の形態(幼虫かさなぎか成虫か)を決定する幼若ホルモンがとりわけ重要である。前者は,前胸腺刺激ホルモン,後者はアラタ体刺激ホルモンの支配下にあり,刺激ホルモンはいずれも神経ホルモンである。…
…昆虫の幼虫とさなぎ,無翅(むし)類では成虫にもある腺性の内分泌器官で,エクジソン(脱皮ホルモン)を分泌する。前胸腺は最初ボクトウガの幼虫でリヨネP.Lyonetによりcorps grenuと記載された(1762)。…
※「エクジソン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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