内科学 第10版 「循環器疾患患者のみかた」の解説
循環器疾患患者のみかた
診療において医療者はさまざまな情報を基に判断する.病気のメカニズムの体系である科学的な医学や臨床疫学によるアウトカムの評価などである.しかしこれらは一般的な法則性について述べるものであって,個々の患者に関しては必ずしも当てはまるわけではない.近年,「エビデンスに基づく医療」いわゆるEBM(evidence based medicine)が医療の基本的な考え方として大きな影響を及ぼしているが,EBMは臨床試験によって統計的有意差が示された治療法を画一的に適用することではなく,「個々の症例に最適の医療」を選択することを目指している.客観的な臨床データとともに,個々の患者の価値観や考え方をくみとることがきわめて重要である. 問診は病歴を聴取して医学情報を収集する技術であるのに対し,医療面接は患者の志向や自分の病気の理解についての情報も聞き出し相互にコミュニケーションをはかる場である.常に患者への思いやりをもって接することを忘れてはならない.平易な言葉で語る医療,患者の訴えに耳を傾けてその訴えを解決するような医療を行うことがEBMを実践するうえで必要である.
循環器疾患の医療面接にあたっては,循環器疾患がほかの内科疾患と異なる特徴を理解しておくことが重要である.すなわち,循環器疾患には急性心筋梗塞や不整脈,心不全などの病状が急変して生命にかかわる疾患が多数含まれる.また,心臓カテーテル検査や冠動脈インターベンションなど,重篤な合併症を起こし得る検査や治療が多い.不安を除きつつも,絶対大丈夫というような断定的言い方は避け,最悪の事態も想定しながら説明し,患者の話を聞くことが重要である.
問診では診断に有用な情報だけでなく,循環器疾患の重症度を判断できる情報を集めることにも心がける.重症度については,身体活動度に関するNYHA心機能分類,呼吸器疾患に関するHugh-Jones分類,狭心症に関するカナダ心臓病学会の分類がしばしば用いられる.
循環器疾患では症状が心理的要素によって修飾されることが多い.特に耳慣れない病名を告げられると,重大な判決を下された心境となり不安が増大する.不安感を強めないためには,循環器疾患のメカニズムをていねいに説明するとともに,希望をもたせる言葉をかける.また,職場や家庭環境,ストレスなどについて訴えをよく聞き,共感し,不安を取り除くようつとめる.心理性格的要因の強い場合は心療内科医や精神科医とも相談したうえで受診をすすめる.
a.主訴の問診
診療は主訴を聞き取ることに始まる.患者が抱えている身体および精神上の苦悩,病院を受診した動機について聞き出して記載する.主訴はその後の診療計画を立てるうえで重要な情報となる.特に医師が考える医療上の問題点とは別に,患者の主訴の解決を目指すことも重要である.疾患を完全に治療できなくとも,患者の訴えは除くことが可能だからである.また,主訴と入院目的は区別する.たとえば「主訴は階段を上がるときの息切れ」であって,「主訴は心臓カテーテル検査」であってはならない.
b.現病歴の問診
現病歴は受診直前からの経過に始まるのではなく,病態と関連のある事項について経時的に情報を整理する.また,これまでの受療行動,すなわち過去に受診した病院や医師,受けた検査と治療,どのように診断されたかなどの情報を問診する.
循環器疾患の重要な症状としては,胸痛,背部痛,胸部・咽喉部絞扼感,息切れ,呼吸困難,動悸,めまい,失神,浮腫,易疲労感,倦怠感,乏尿,夜間頻尿,痰,腹部膨満,体重増加,食欲低下,冷汗,発汗,口渇感,間欠性跛行,発熱などである.いずれも心筋虚血,心不全,不整脈,末梢動脈の狭窄,塞栓症などと関連がある.
ⅰ)狭心症の問診
狭心症を思わせる症状では,狭心症らしいか,病型と重症度,不安定狭心症か否かの3点について特に注意して問診する.胸痛,背部痛,胸部・咽喉部絞扼感,息切れなどはいずれも狭心症や急性冠症候群と関連がある.虚血性心疾患は必ずしも典型的な胸部症状を示すわけではなく,訴えが多彩であることを常に忘れてはならない.また,狭心症は閉塞性肥大型心筋症でもしばしばみられるので,収縮期雑音が聴取されるときは要注意である.
冠動脈硬化の病理学的重症度と胸部症状は必ずしも相関しない.たとえば左冠動脈主幹部狭窄や3枝狭窄のような高度冠動脈病変では,労作時でも胸痛を訴えないことが多い.高齢者や糖尿病症例では無痛性心筋虚血が多い.高度の心筋虚血時には心筋拡張能が低下し,労作時に肺うっ血をきたして息切れや胸苦しさを訴えることがあり,胸痛がないからといって狭心症を否定することはできない.狭心症では肩甲部痛や歯痛,咽喉の絞扼感,胸やけなどを主訴とすることがある.発作の状況,何時頃か,安静時か労作時か,睡眠中か,何をしていたときか(駅の階段,デスクワーク,入浴時など),胸痛の部位,性状,放散痛(左肩,左腕,左手など),胸部以外の症状,喉頭部絞扼感や歯痛の有無,胸痛の強さ,持続時間,冷汗や脂汗を伴ったか,ニトロ製剤を試みたか,ニトロ製剤は有効であったか,病院を受診したか,病院では何といわれたか,心電図検査を受けたか,同様の発作の起こる頻度や強さなどを問診する.これらの症状を毎回詳細に問診することによって,非典型的な胸部症状を訴える虚血性心疾患を診断できるようになる(表5-1-1).
ⅱ)心不全症状の問診
息切れや呼吸困難は心不全に関連する症状である.肺うっ血が強いNYHA 4度の左心不全では横臥位になれず,上半身を起こすようになる(起坐呼吸(orthopnea)).また,夜間就寝中に突然息苦しくなり横臥位から起きあがってしまうこともある(発作性夜間呼吸困難).心不全では咳が頻回に起こり痰の量が増加する.血痰やピンク色の痰が出るということであれば,肺水腫である可能性が高い.前胸部の発汗と強い口渇感は心不全時の交感神経緊張状態を疑わせる.また,ゼイゼイという気管支喘息と同様の呼吸も心不全による心臓喘息を思わせる.実際,両者は鑑別が困難なことが多い.
倦怠感,食欲低下,易疲労感はうっ血性心不全でしばしばみられる.軽い左心不全を他覚徴候から把握することは容易でないが,安静時や軽動作時の心拍数増加はヒントを与える.また,右心不全では体重がどの位の期間にどの程度変化したかも重要な情報である.
心不全に関する問診では,NYHA心機能分類の何度に相当するかがわかるようにどの程度の運動量で出現するかを具体的に聴取する(表5-1-2).たとえば,排尿排便時あるいは入浴時の息切れ,地下鉄の階段を上がるのに途中で休むか,上がってから休むか,上がっても休まないか,台所仕事で息切れが出現するか,上半身を起こさなければ就寝できないか,などを聞き出す.これらの症状の出現した経過や増悪要因の同定は,心不全の重症度変化を把握するのに重要である.また,症状はないといっても患者自身で活動度を制限している可能性がある.詳細に問診することで状態を把握する必要がある.呼吸困難の重症度分類はHugh-Jonesの分類によって行われる(表5-1-3).
ⅲ)不整脈症状の問診
突然胸がつまる,動悸,脈がとぶなどを訴える.動悸の内容は多彩である.心臓の拍動を強く感じるのか,心拍数が増えるのか,リズムが乱れるのかを問診する.また,急に始まるか,徐々に始まるか,持続時間,脈拍の欠損の有無,運動の影響などについても聞いておく.突然脈が速くなり瞬間的に治まる場合は発作性頻拍を考える.一瞬胸がつまってすぐ回復する場合は期外収縮の可能性が高い.
ⅳ)失神発作・めまいの問診
失神発作は重篤な病態が背景に存在し,突然死する可能性もあるため特に注意深い問診が必要である.循環器領域で失神をきたす疾患として最も多いのが,不整脈と房室伝導障害によるAdams-Stokes症候群であるが,閉塞性肥大型心筋症でもときどきみられる.失神を起こす前に動悸や不整脈を自覚しなかったかを問診する.特定の動作との関連も重要で,閉塞性肥大型心筋症では,急に走り出したときや,うずくまった姿勢から立ち上がったときに失神することが多い.
c.既往歴,家族歴,生活歴の問診
これまでの罹患歴について問診する.たとえば,高血圧の既往については,いつ,どこでどのような状況で診断されたか,降圧薬を内服したか,現在も内服を続けているか,治療によりどの程度血圧がコントロールされたか,などを問診する.また,家族歴についても両親,配偶者,同胞,子供の年齢,罹患疾患名,死亡例のある場合は死亡時疾患名について家系図を作成して問診する.さらに生活歴では喫煙,飲酒については1日の量と継続期間を,常用薬の内容,アレルギーの有無,職業などについて聞いておく.
(2)身体診察
a.望診,視診,脈診,胸部の触診,打診
まず患者の全体像を観察する(望診).元気さ,歩き方,身のこなし方,表情,姿勢などである.視診としては,胸郭の動きが激しくないか,前胸壁の発汗,静脈怒張,チアノーゼ,貧血,甲状腺腫大などを観察する.両手首の橈骨動脈の触診は脈拍数,リズムを診察するのに重要である.指先で動脈の緊張度,固さ,蛇行の程度を触診することにより,動脈硬化や高血圧の程度を推測することができる.同時に手先の温かみ,チアノーゼ,ばち指の有無を観察する.大動脈弁狭窄症では脈の立ち上がりが遅く,大動脈弁閉鎖不全症では立ち上がりが早くなる.また,心不全では,1拍ごとに脈拍の強弱が変化する交互脈に気をつける.交互脈は心不全が高度であることを示唆する.心タンポナーデが疑われるときは,吸気時に脈が触診できなくなる奇脈に注意する.
血圧は左右差に注意する.左右差のみられる場合は,動脈硬化や大動脈炎を考え,ほかの部位の動脈の触診や聴診を注意深く行う.下肢の血圧もマンシェットを足首に巻いて測定する.閉塞性動脈硬化症では上肢と下肢の収縮期血圧の比が狭窄の程度を反映する.膝下動脈の触診は膝を両手で包み込んで,手掌全体で拍動を感ずるように行う.
胸壁の触診では心尖拍動を同定し,左に偏位していないか,強く隆起していないか(左室の拡大),胸骨部の拍動性隆起(右室の拡大)などに気をつける.これらの所見のあるときは何らかの器質的心疾患が疑われるので,より注意深く診察する.心尖拍動を触診すれば打診は必ずしも必要はないとされるが,心膜液が貯留していると心尖拍動は触知しにくいので打診が必要である.胸壁全体が波打つように動揺しているときは,左心室への容量負荷が疑われる.怒張した頸静脈,肝臓の腫大,腹部の拍動性腫瘤(大動脈や腸骨動脈の動脈瘤),浮腫などに気をつけて触診する.甲状腺疾患はしばしば循環器疾患の基礎疾患となるので,甲状腺腫大の有無に注意する.甲状腺は背後より片手で押し,他方の手で触知すると腫大の有無と表面の性状を鋭敏に触診できる.先端肥大症,Cushing症候群なども循環器疾患として気づかれずに受診していることがある.
b.聴診
心音,血管雑音,呼吸音を聴取する.心尖部から心基部にかけて心音の大きさ,過剰心音,リズムを聴く.心房細動では心拍数も数える.Ⅱ音の亢進は肺動脈圧の上昇,Ⅱ音の大動脈成分と肺動脈成分が呼吸で変動しない場合は心房中隔欠損でみられる.Ⅲ音やⅣ音などの過剰心音は心不全症例でギャロップ調律としてしばしば聴取される.僧帽弁狭窄症では僧帽弁開放音(opening snap:OS)を聴取する.Ⅱ音とOSまでの時間が短いほど重症の僧帽弁狭窄症である.僧帽弁逸脱症では,収縮中期にクリック音が聴取されることがある.
心雑音は,聴取される時相,部位,持続,最強点,大きさ,伝達方向,音調などについて確認する.心雑音の大きさはLevineの分類が用いられる(表5-1-4).
収縮期雑音には駆出性と逆流性雑音がある.駆出性雑音は血流増大時のほか,大動脈弁や肺動脈弁の狭窄,硬化によって生じる.臨床上問題となる大動脈弁狭窄では,頸部まで収縮期雑音が放散する.高度の大動脈弁狭窄では雑音の時相上のピークが遅れる.閉塞性肥大型心筋症でも駆出性雑音が聴取される.大動脈弁口より心尖部よりで,雑音の開始がⅠ音よりやや遅れて出現する.逆流性雑音は僧帽弁と三尖弁の逆流,心室中隔欠損で聴かれる.
拡張期雑音は高音の灌水様雑音(blowing murmur)と低音の輪転様雑音(rumbling murmur)とがある.前者は大動脈弁あるいは肺動脈弁逆流,後者はおもに僧帽弁狭窄,ときに三尖弁狭窄で聴取される.
収縮期と拡張期の双方にわたる雑音は連続性雑音とよばれる(continuous murmur,to and fro murmur).動脈管開存,動静脈瘻,心室中隔欠損と大動脈閉鎖不全の合併,動脈狭窄などで聴取される.心外膜炎で聴かれる心膜摩擦音は出現が不規則で,耳元に近い音が特徴である.
心雑音には人名のつけられている特徴的なものがある.三尖弁の逆流性雑音が吸気時に増大する現象をRivero-Carvallo徴候という.心室中隔欠損で欠損口が小さく短絡量が少ないにもかかわらず雑音が大きいときRoger雑音という.房室弁由来の輪転様雑音が大動脈弁不全で聴かれるときAustin Flint雑音,房室血流増大時の相対的房室弁狭窄状態で聴かれるときはCarey Coombs雑音という.肺高血圧に伴う機能的肺動脈弁閉鎖不全による拡張期雑音はGraham Steell雑音という.Still雑音は肺動脈領域に聴かれる機能性雑音である.大動脈弁狭窄による収縮期雑音が楽音様に聴かれることがあり,これをGallavardin徴候という.
血管雑音(bruit)は頸動脈,腎動脈,下行大動脈,腸骨動脈などの狭窄部で聴取される.両側頸部や腹部で気をつけて聴診する.
呼吸音は肺の湿性ラ音(fine crackles)の有無と肺野のどの程度の範囲で聴かれるかに注意して聴診する.心不全では気管支喘息と同様の喘鳴(wheezing)が聴かれる.これらの所見は心不全の改善とともに軽快するので,注意深い診察が重要である.
(3)インフォームドコンセント
あらゆる検査や治療行為は必ずしもすべての患者に有効とは限らず,またそれらの医療行為は将来変更される可能性がある.このことから,医師は医療行為の内容を説明し,患者はその説明に対して納得をしたうえで医療行為を受ける権利を有する.インフォームドコンセントは基本的人権の一環である自己決定権として位置づけられている.患者は病態や診療行為について医師から十分な情報を提供される権利を有し,最終的に患者自身が自己の価値観に基づいて意思決定を行う. 循環器疾患では,重篤な合併症を起こし得る検査や治療の多いこと,常に病状が急変する可能性があることから,インフォームドコンセントを綿密に実施する必要がある.提供すべき情報として,①病名,②病態,③検査や治療の必要性と期待される利益,④推奨される検査・治療法の内容,⑤ほかの検査・治療法との比較,⑥検査・治療を行わない場合に予想される経過,⑦合併症や副作用の可能性,⑧当該施設における経験症例数と成績などである.さらに患者や家族の質問に適切に回答する.承諾書には,承諾後にも撤回が可能であること,医療行為を受けなかったり,撤回したりしても不利益を受けないことを明記する.また,提供した情報と説明内容を迅速にカルテに記載することがきわめて重要である.[永井良三]
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報