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扶余 ふよFu-yu; Fou-yü

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

扶余
ふよ
Fu-yu; Fou-yü

夫余とも書く。中国,東北地方に居住したツングース系の一部族。すでに『史記貨殖列伝に,前2世紀頃漢人との間に交易を行なっていたことが記されている。前1世紀頃に国家を形成,1~3世紀に繁栄したが,3世紀後半から強大となった高句麗鮮卑に圧迫されて次第に弱化し,494年勿吉 (もっきつ) によって滅ぼされた。

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デジタル大辞泉の解説

ふよ【扶余/夫余】

前1世紀~5世紀に中国東北地方から朝鮮半島北部で活動したツングース系の民族。また、その建てた国。1~3世紀に全盛期を迎えたが、494年に同じツングース系の勿吉(もっきつ)に滅ぼされた。
(扶余)大韓民国忠清南道の郡。538~660年、百済(くだら)の都の置かれた地。半月城・百済王陵などの遺跡がある。プヨ。

プヨ【扶余】

ふよ(扶余)

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百科事典マイペディアの解説

扶余【ふよ】

韓国,忠清南道南西部の郡,白馬江(錦江)に臨み,流域の内浦平野の中心。付近は高麗ニンジンの産地。また農産物も豊富である。かつては江景などとともに錦江沿いの米の集散地としてにぎわった。
→関連項目忠清南道

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世界大百科事典 第2版の解説

ふよ【扶余 Puyŏ】

韓国,忠清南道南部の郡。人口15万3817(1980)。錦江中流の広い平野地帯にあり,米作を中心として,ニンジン,カラムシなどの特用作物を栽培する農村地帯である。郡の中央および北部には残丘状の丘陵地がみられ,金鉱など希少鉱物の埋蔵がみられる。特に林川金鉱山は古くから開発された歴史をもつ。郡の中心は錦江の左岸に位置する扶余邑で,人口3万1000(1980)の市街地をもつ。この町は三国時代,百済王朝が首都とした古都泗沘(しひ)であり,多くの遺跡から発掘された遺物は国立扶余博物館に収められている。

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