内科学 第10版 「心臓外傷」の解説
心臓外傷(心臓・血管外傷)
自動車のハンドルによる前胸部の強打や高所からの転落などによる鈍的外力による非穿通性心臓外傷と鋭利な刃物・ガラス片などによる穿通性外傷が原因で心臓に損傷をきたした状態を心臓外傷または外傷性心疾患(traumatic heart disease)とよぶ.
分類
心臓外傷はさまざまな外力と損傷部位によって多様な病態を示す.米国外傷外科学会による心臓のOrgan Injury Scaling(損傷状態および重症度による分類)や日本外傷学会による心損傷分類2008(損傷部位を重視した分類)がある.
原因・病因
表5-20-1に損傷の機序に基づいた心臓外傷(外傷性心疾患)の病因を示す(Wallら,2012).穿通性外傷の病態は,その受傷原因,心臓損傷の部位と程度ならびに心膜損傷の状態に左右される.非穿通性外傷は胸骨と脊柱の間で心臓が強い圧迫を受ける直接外力によるものばかりでなく,胸郭全体に衝撃を与えるような間接外力によっても生じる.なお,胸骨,肋骨骨折端によっても穿通性外傷を生じることがある.医原性として中心静脈ライン挿入,心臓カテーテル検査中,心膜穿刺時に生じる.心膜内,心腔内異物は急性化膿性心膜炎,慢性収縮性心膜炎,心膜血腫などをきたす.代謝性心臓傷害は心機能障害をきたすが,その反応性伝達物質としてエンドトキシン,TNF-α,TNF-β,IL-1,IL-6,IL-10,カテコールアミン,細胞接着分子,酸化窒素などがある(Awtryら,2012).
疫学
心臓外傷のうちで,穿通性外傷の発症頻度は,日本では銃犯罪が起きにくいためきわめて少なく,その大半が非穿通性外傷(鈍的損傷)である.厚生労働省人口動態調査などから,胸部外傷は全外傷死者数の約10%であり,そのうち約80%が鈍的外傷で,さらにその3/4が交通外傷によるとされる(山口ら,2010).
病態生理
1)非穿通性(鈍的)心臓外傷:
心臓外傷によって機械的な心機能障害,胸郭全体への衝撃による胸郭の内圧上昇や心血管内圧の急激な上昇が生じ,心筋損傷や心破裂ならびに他臓器の合併症を伴い,重篤な病態を示すことが多い.重症度も心血行動態が安定したものから重篤なものや死に至るものまである.以下に損傷部位別にその病態の特徴を記す.
a)心筋損傷・心筋挫傷:心筋損傷(myocardial injury)は非穿通性外傷の中で最も多く,外力の程度や質に依存し,小出血ないし出血巣から貫壁性の挫傷ないし心破裂まで認められる.
心破裂(cardiac rupture)は直接外力による心筋断裂に基づくものと,心筋挫傷の数日後に生ずる壊死,軟化,破裂部位からの出血によるものがある.左室の拡張末期ですべての弁が閉鎖し,心室がもっとも拡張しているときに,外力が加わると心腔内圧の急激な上昇によって心室自由壁,心室中隔損傷をきたして心破裂が生じる.また,収縮末期で房室弁が閉鎖し,心房が最も拡張したときに心房損傷が生じる.損傷部位の頻度には差があるものの右房が最も多く,ついで右室,左房,左室の順である(山口ら,2010).
心疾患や形態的損傷のない非穿通性胸部強打によって生じる瞬間的心停止をcommotio cordis(心臓振盪)というが,特に野球のボールが前胸部に当たって発症する例が多く,平均年齢は13.6歳で若年層の男性に多い(Maronら,2002).T波のピーク直前,受攻期のタイミングにおける衝撃が危険である.
突然の感情的,身体的外傷によるストレスが,一過性の心筋症発生の原因となることがある.左室心尖部と中部の無収縮,心基部の過収縮を認めるため,たこつぼ心筋症(またはapical ballooning syndrome)とよばれている.女性に多く,胸痛,ST上昇,軽度の心筋逸脱酵素上昇を伴い,冠動脈に有意な狭窄病変はみられない.その発症機序としてカテコールアミン心筋症との関連性が指摘されている(Awtryら,2012).
b)弁膜・乳頭筋損傷:弁膜損傷は大動脈弁損傷が多く,拡張期に大動脈弁が閉鎖しているときに,外力による突然の内圧上昇によって損傷を受ける.大動脈弁損傷による閉鎖不全症の雑音や血行動態の変化は受傷後の数日間では現れないことが多い.僧帽弁,三尖弁の乳頭筋断裂も拡張期に瞬間的な内圧上昇や心室の圧迫によって生じる.弁膜,乳頭筋あるいは腱索の断裂によって逆流が起きるが,心室筋は急速な容量負荷に適応できないためうっ血性心不全をきたす.
c)心外膜損傷:鈍的外傷による心膜の急激な進展や圧迫によって心膜が損傷する.その程度は,挫傷から破裂まで範囲が広いが,非穿通性外傷による死亡例の過半数は心膜の裂傷や破裂を伴い,心筋挫傷ではほとんどの例に心膜の断裂を伴う.最も問題となるのは心膜血腫と心タンポナーデである.
2)穿通性心臓外傷:
穿通性外傷は,血胸および心タンポナーデが主体となるが,その程度は心膜損傷の状態により異なる.すなわち,心膜損傷が小さくて閉じていれば心タンポナーデ型を示し,心膜損傷が大きく血液が胸腔内に流出すれば血胸と大量出血にて死亡する.
臨床症状・検査成績・診断・鑑別診断
1)非穿通性外傷:
胸郭の外傷が体表から明らかでなくても心臓に重大な損傷が生じることがあり,初期に見逃されることがあるので注意を要する.受傷機転,前胸部痛,心電図所見,生化学的マーカー(CK-MB,トロポニン),心エコー検査などを行い,その損傷の疑いがあるかどうかを調べる.その後に心膜,心筋,心房・心室中隔,弁膜・乳頭筋・腱索,刺激伝導系,冠血管などの損傷部位の確定診断のための検査を行う.以下に損傷部位別の診断について記す.
a)心筋損傷・挫傷:症状で最も多いのは心筋梗塞に類似した前胸部痛であるが,胸部外傷の症状と混同することが多く,見逃されやすい.伝導障害が一般的にみられるが,標準12誘導心電図は評価に役立つ.非特異的ST-T変化を生じた場合には心筋挫傷を疑い,ST上昇を認める場合には心筋梗塞・心膜炎の合併を考えるべきである.また,心筋梗塞と同様にQ波を生ずることもあり,各種不整脈を認め,心室性期外収縮,脚ブロック,房室ブロックや心房細動が出現し,心室頻拍,心室細動は突然死の原因となりうる.
クレアチンキナーゼ(CK)は骨格筋損傷で上昇するが,MB分画が上昇すれば,心筋損傷を疑う.CKの上昇とともにCK-MBも相対的に上昇するため偽陽性を示すので注意を要する.トロポニンTやトロポニンIの感度は低いが特異性は高い.
心臓核医学検査では,心筋損傷の部位に一致して心筋シンチグラフィによる灌流低下,左室駆出率低下,局所壁運動異常を認める.心エコー検査も壁運動異常,心腔内拡大の有無を調べるのに有用である.
b)弁膜・腱索・乳頭筋,心室中隔損傷:大動脈弁閉鎖不全症の雑音や血行動態の変化は受傷後の数日間では現れないことが多い.僧帽弁,三尖弁の乳頭筋・腱索の断裂によっても逆流が生ずるが,心室筋は急速な容量負荷に適応できないため心不全をきたす.
心エコー検査によって逆流の有無を判断し心機能を評価する.
数日以内に重症な心不全の発症や胸骨左縁に粗い汎収縮期雑音を突然聴取するときには心室中隔穿孔を疑う.
c)心外膜損傷:心膜液貯留による心膜炎の典型的所見は心膜摩擦音とST-T変化であるが,低血圧,奇脈があれば心外膜損傷を疑う.心タンポナーデは,心エコー図所見から,心室中隔の奇異性運動,右心房の狭小化,両室の容量の減少があれば疑う.
2)穿通性外傷:
心臓外傷危険域(danger zone)に刺創が確認できて,ショック状態を呈していれば,はじめに心臓損傷を疑う.外傷直後の致命的合併症は大出血と心タンポナーデであるが,心タンポナーデの初期診断法には,Beckの3徴(微弱な心音,低血圧,頸静脈怒張)とFAST( focused abdominal sonogram for trauma)超音波検査による心膜液貯留の発見が重要である.
合併症,経過・予後
1)非穿通性外傷:
非穿通性外傷では,適切な治療により救命された後は心筋梗塞,真性および偽性心室瘤,心室穿孔,弁膜損傷,再発性心膜炎,収縮性心膜炎などが問題となる.なかには無症状のまま緩徐に進行する例や再発性心膜炎,収縮性心膜炎を生じることもあるので,心エコー図検査を経時的に行うことが重要である.
2)穿通性外傷:
穿通性外傷では,胸壁損傷そのものよりも胸壁内損傷が致命的であることが多い.外傷直後の致命的合併症は大出血と心タンポナーデであるが,ほかの臓器の損傷も合併し,心損傷が見逃され早期の治療時期を逸することがある.
治療・禁忌
心筋損傷の治療は,心筋梗塞の保存的治療に準拠するが,抗凝固療法,血栓溶解療法は禁忌である.偽性心室瘤を生じた場合には手術を要する.心破裂は多くは大出血による即死か,数分から数時間で心タンポナーデで死亡する.心破裂では生存のチャンスがあれば緊急手術を行うが,心室中隔穿孔が小さい場合には必ずしも緊急手術を必要としない.
弁損傷は時間の経過とともに悪化し,手術の適応となることが多い.
心膜液貯留や心タンポナーデは心膜穿刺によって血行動態を改善することができるが,必要により外科的処置に踏み切る.[岸田 浩]
■文献
Awtry EH, Colucci WS, et al: Tumors and trauma of the Heart. In: Harrison’s Principles of Internal Medicine, 18th ed(Fauci AS, Braunwald E, ed), pp1981-1982, McGraw-Hill, New York, 2012.
Maron BJ, Gohman TE, et al: Clinical profile and spectrum of commotio cordis. JAMA, 287: 1142-1146. 2002.
Wall MJ, Jr, Tsai PI, et al: Traumatic Heart Disease. In: Braunwald’s Heart Disease: A Textbook of Cardiovascular Medicine, 9th ed(Bonow RO, Mann DL, et al ed),pp1672-1677, Saunders, Philadelphia, 2012.
山口大介,田中行夫,他:外傷性心疾患.循環器病学―基礎と臨床,初版(川名正敏,北風政史,他編),pp1314-1322,西村書店,東京,2010.
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報