家庭医学館 「急性胃粘膜病変」の解説
きゅうせいいねんまくびょうへんきゅうせいいえんきゅうせいいかいよう【急性胃粘膜病変(急性胃炎/急性胃潰瘍) Acute Gastric Mucosal Lesions】
[どんな病気か]
[原因]
◎胃痛、吐き気、嘔吐などの症状が急激に現われる
[症状]
[検査と診断]
◎薬物治療のほか、病気の原因の除去がたいせつ
[治療]
[どんな病気か]
胃炎(いえん)とは、胃の粘膜(ねんまく)に発赤(ほっせき)(赤くなること)、浮腫(ふしゅ)(むくむこと)、びらん(ただれること)などの変化が生じることで、胃潰瘍(いかいよう)とは、胃の粘膜に深い組織欠損(そしきけっそん)が生じる(孔(あな)があく)ことをいいます。
これらの病変が比較的短期間(急性)に生じ、それにともなって急激に腹痛などの強い症状が現われ、さらに短期間で治癒(ちゆ)する傾向のものを、急性胃炎(きゅうせいいえん)、急性胃潰瘍(きゅうせいいかいよう)といっていました。
一般には胃炎と胃潰瘍の両者は区別して考えられていますが、近年では、これらを一括して急性胃粘膜病変(きゅうせいいねんまくびょうへん)と呼んでいます。
また最近は、病変が粘膜にとどまらないこともあるため、急性胃病変(きゅうせいいびょうへん)と呼ばれることもあります。
粘膜の病変の状態は、前述のように軽い発赤程度のものから、びらん、浮腫、出血、さらに潰瘍形成をともなうものまでさまざまで、これらが混在することもしばしばあります。
少し専門的になりますが、びらんとは粘膜表面の細胞(上皮細胞(じょうひさいぼう))がはがれ落ちた状態、潰瘍とはそれがさらに深くなって粘膜下組織以下にまで組織欠損がおよんだ状態と考えればよいでしょう。
ですから、潰瘍が深くなれば胃の反対側に突き抜けることもあります。
たいていは、原因の項で後述するような誘因(ゆういん)に引き続いて、激しい胃痛(いつう)、あるいは腹痛、吐(は)き気(け)、嘔吐(おうと)が現われます。
ときには、粘膜からの出血によって、吐血(とけつ)(嘔吐とともに血液を吐く)や下血(げけつ)(便といっしょに血液を排出する)がおこることもあります。
これに対して慢性胃炎(まんせいいえん)(「慢性胃炎」)や慢性に経過する胃潰瘍(「消化性潰瘍(胃潰瘍/十二指腸潰瘍)」)などは、症状は比較的軽いことが多いのですが、月単位で持続します。
[原因]
急性胃粘膜病変の原因はいろいろです。
精神的および肉体的ストレス(手術、外傷(がいしょう)、熱傷(ねっしょう)など)、薬剤をはじめとする化学物質(かがくぶっしつ)(解熱鎮痛薬(げねつちんつうやく)、副腎皮質(ふくじんひしつ)ホルモン薬、抗生物質、抗がん剤、農薬、洗剤、酸、アルカリなど)の使用、飲食物(アルコール、コーヒー、お茶、香辛料(こうしんりょう)、熱いもの)の摂取(せっしゅ)などが原因としてあげられます。
また、食中毒(しょくちゅうどく)、特定の食物に対するアレルギー反応、アニサキスなどの寄生虫(きせいちゅう)の感染(かんせん)なども原因となり得ます。
また肝臓(かんぞう)や腎臓(じんぞう)をはじめとする重症の内臓疾患をもった患者さんに発症しやすいこともわかっています。
そして、原因は不明ですが、胃内視鏡検査(いないしきょうけんさ)を受けた後に発症する場合があることも知られています。
古くから、胃粘膜の傷害には粘膜に対する攻撃因子(こうげきいんし)と防御因子(ぼうぎょいんし)のバランスが大きくかかわっているという考え方があります。つまり、攻撃因子としては、おもに胃液中の酸が、防御因子としては胃の粘液や胃粘膜の血流があげられています。攻撃因子が、相対的に防御因子を凌駕(りょうが)すれば、胃粘膜の傷害が生じるという考え方です。
前述したさまざまな原因によって、胃液(いえき)(胃酸(いさん))分泌(ぶんぴつ)の亢進(こうしん)や粘液(ねんえき)分泌の低下、胃粘膜の血液循環(けつえきじゅんかん)の悪化、さらに粘膜への直接傷害がひきおこされ、胃粘膜の傷害がおこると考えられています。
コラム「ヘリコバクター・ピロリ」でも触れるように、最近、ヘリコバクター・ピロリという細菌が、いろいろな胃の病変と関係することがわかってきています。
この細菌は、急性胃粘膜病変の原因としての可能性も指摘されていますが、詳しいことは今後の研究の成果を待たねばなりません。
[症状]
比較的急激に、しかも強い症状が出現するのが特徴です。
慢性胃炎などの場合には、胃に炎症があっても症状がない場合がしばしばありますが、急性胃粘膜病変の場合は症状がないことはまれです。
いい方をかえれば、特徴的な症状があってはじめて診断される病気だということです。
一般的には、胃のあたりを中心とした強い痛みをうったえることが多く、さらに吐き気、嘔吐もしばしば現われます。
病変が出血性胃炎(後述)であったり、出血をともなう胃潰瘍の場合は、吐血や下血がおこることもあります。
さらに、出血がひどければ、いわゆるショック状態におちいることもあります。
[検査と診断]
急性胃粘膜病変の診断の第一歩は、現われた症状からこの病気を疑うことです。
この病気では、前述したように、急激に出現する胃痛や腹痛、吐き気、嘔吐、吐血・下血などの症状があります。また、診察すると胃のあたりの圧痛(あっつう)(圧迫(あっぱく)したときの痛み)があり、出血がある場合には、貧血(ひんけつ)などもみられます。
しかしこれらの症状だけでは、胆嚢(たんのう)や膵臓(すいぞう)の病気、さらには心臓(しんぞう)の病気などとの鑑別(かんべつ)が困難なこともあるので、そういった可能性があれば、それらの病気の診断に必要な検査も受けておく必要があります。
診断の決め手になるのは、胃(上部消化管(じょうぶしょうかかん))内視鏡検査です。
軽度の場合は粘膜の発赤のみですが、ひどい場合には、粘膜が一部欠損したびらん(びらん性胃炎(せいいえん))や出血(出血性胃炎(しゅっけつせいいえん))、さらに粘膜が深く掘れた潰瘍(急性胃潰瘍(きゅうせいいかいよう))などが生じているのがみられます。
急性胃粘膜病変は、一般にはこれら3つの病変に分類されることが多いのですが、これらが混在する場合が多いのも実情です。
内視鏡検査が普及する以前の胃の検査は、おもに造影剤(ぞうえいざい)のバリウムを飲んでX線透視する胃(上部消化管)X線検査が行なわれていましたが、この検査では胃粘膜の色調がわからないので、軽度の病変の診断は困難です。
また、症状の強い時期にバリウムを飲むのはなかなかたいへんでもあり、現在は急性胃粘膜病変の診断に使われることはほとんどありません。
また一般的には、血液検査などでは特徴的な結果が得られません。
[治療]
急性胃粘膜病変の治療を一般療法、薬物療法(やくぶつりょうほう)、その他の治療法の順に解説します。
●一般療法
第1に、前述した原因の除去が重要です。軽症であれば、これに加えて内服剤を服用し、経過を観察していけば、短期間で症状は消えるでしょう。
しかし比較的重症の場合は、入院したうえでの絶食、点滴(てんてき)、さらに出血がひどい場合には輸血が必要なこともあります。
●薬物療法
薬物による治療としては、消化性潰瘍(しょうかせいかいよう)の治療(消化性潰瘍(胃潰瘍/十二指腸潰瘍)の「消化性潰瘍の治療」)に準じて、胃液中への酸の分泌を抑えるH2受容体拮抗薬(じゅようたいきっこうやく)やプロトンポンプ阻害薬(そがいやく)、また胃粘膜を酸から守る胃粘膜保護剤(いねんまくほござい)、胃粘膜防御因子増強薬(いねんまくぼうぎょいんしぞうきょうやく)などが使われます。
胃粘膜防御因子増強薬には、胃の粘液を増やしたり、胃粘膜の血流を増やすなど、さまざまな作用をもったものがあります。
患者さんの状態に合わせて、これらの薬が単独で、あるいは組み合わせて使われます。
●その他の治療
出血をともなっている場合には、上記の治療で止血(しけつ)することもありますが、潰瘍の中に血管が露出しているような場合には内視鏡を用いた止血術が行なわれます。これには、純エタノールや高張食塩水(体液より浸透圧の高い食塩水)などを局所注射するなどのさまざまな方法があります。
これらの方法でも止血できない場合は、外科的手術が行なわれることもまれにはあります。
●日常生活の注意と予防
まず、予防的観点に立って、各種の原因をできるだけ排除することがたいせつです。
つまり精神的および肉体的ストレス、薬剤をはじめとする化学物質の使用、刺激のある飲食物の摂取などを避けることです。
また、喫煙(きつえん)は胃粘膜の血流を低下させ、粘膜防御因子を減弱させると考えられており、できれば避けたほうがよいでしょう。
実際に急性胃粘膜病変にかかった場合にも、こうした予防的な注意事項を守ることが病気の治癒(ちゆ)を早めることになります。
また前述した症状が現われて、この病気にかかったことが疑われたら、速やかに医療機関を受診し、適切な診断と治療を受けることが重要です。
出血している場合はただちに対処が必要ですし、胃以外の病気や胃がんなどでも同様の症状をおこすことがあるからです。また、急性胃潰瘍で発症した患者さんが、いったん治癒した後、再発と治癒をくり返し、慢性の経過に移行することも考えられるため、治療および検査に関しては、医師との緊密な連携(れんけい)が必要です。