改訂新版 世界大百科事典 「情実任用」の意味・わかりやすい解説
情実任用 (じょうじつにんよう)
英語ではパトロネージpatronageという。この言葉は,もともと教会または寺領の僧職の欠員候補の推薦権を意味したが,転じて,親族,友人,政治的支持者などに官職任用の優先権を与えたり,彼らに契約,選挙権,栄誉などを賦与したりすることを意味するようになった。歴史的にみると,官職任用の優先権は,まず親族,友人に与えられてきたが,政党政治の発達とともに政治的考慮が優先されるようになった。
たとえば,パトロネージという言葉は15世紀のイギリスに始まるといわれるが,そこでは最初,国王の個人的好みが支配していた。しかし名誉革命(1688)後においては,市民階級と国王および一部貴族との間の官職に対する支配権の争奪を背景として,国王が官職の提供や年金の給付によって議員を懐柔する〈買収的情実主義〉という特色をもつようになった。その後官職に対する任用権を議会が掌握するに至った後には,貴族階級の相互救済機関ともいうべき性格を帯びた〈寄生的情実主義〉も登場した。やがて18世紀の進展とともに,責任内閣制度が発足し,政党政治の時代になると,選挙運動の代償として官職や年金を与える〈政治的情実主義〉が台頭してくる。19世紀の半ばまでは,〈寄生的情実主義〉と〈政治的情実主義〉が複雑にからみあって,個々の官吏の任用,俸給,昇進,年金等を決定していたといわれる。
一方,アメリカ合衆国で支配していたのは公務員の任免を政党的情実によって決定する政治的慣習であった。これは猟官制spoils systemと呼ばれている。この言葉は〈獲物は勝者に帰属する〉というローマ時代のスローガンに由来している。アメリカでは,厳格な三権分立の統治構造に基づき,政権が交代するたびに,多くの公務員が更迭されてきたが,とくに1829年に政権についたジャクソン大統領の下で,民衆に対する公職の開放が強調され,大規模な更迭政策が行われ,猟官制が確立した。その後,この慣習は政党政治の金権政治化とともに,選挙運動や党資金のために利用され,腐敗と非能率を生み出した。そこで公務員制度改革の気運が高まり,83年〈連邦公務員法〉の成立によって資格任用制merit systemへの第一歩が踏み出された。このように情実任用は,一定の歴史的時期には,固定した特権的官僚制の成立を妨げるという民主主義的意義をもっていたが,他面,それに付随する腐敗や非能率という消極的側面をさけることができなかった。
執筆者:君村 昌
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報