吸収不良症候群(読み)キュウシュウフリョウショウコウグン

デジタル大辞泉 「吸収不良症候群」の意味・読み・例文・類語

きゅうしゅうふりょう‐しょうこうぐん〔キフシウフリヤウシヤウコウグン〕【吸収不良症候群】

脂肪・糖質・たんぱく質・ビタミンなどの栄養素の消化・吸収が阻害される疾患の総称。自己免疫性胃炎・膵機能不全・肝硬変クローン病などさまざまな疾患で発症する。MAS(malabsorption syndrome)。

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内科学 第10版 「吸収不良症候群」の解説

吸収不良症候群(腸疾患)

定義・分類
 吸収不良症候群は一義的には栄養素の吸収障害により種々の病態・臨床症状を呈する症候群をいう.栄養素の吸収機構は消化管管腔での処理相,腸管粘膜での吸収相,そして小腸吸収上皮細胞での処理と全身循環への移送相に分けられ,各相での障害から本症候群を分類することができる.病態生理的には,栄養素の消化不良(maldigestion)は,吸収不良(malabsorption)とは異なる機序としてとらえることができるが,消化障害と吸収障害は互いに密接に関連するものであり,臨床的に本症候群は消化・吸収不良を包括して取り扱う.
病態生理
 吸収不良症候群の病態生理は,小腸吸収上皮細胞の刷子縁膜輸送担体の先天的な欠損や機能的異常による原発性吸収不良と,後天的な要因による吸収上皮細胞傷害による続発性吸収不良,そして管腔内消化・刷子縁膜消化不良に分類される.厚生省(当時)特定疾患消化吸収障害調査研究班によれば,原疾患の頻度は膵外分泌障害(35.1%),Crohn病(11.4%),小腸切除後(10.9%:うち残存小腸100cm未満の短腸症候群4.7%),膵切除後(10.0%:うち膵全摘4.3%),胃切除後(9.0%:うち胃全摘4.3%)が多くを占め,原発性吸収不良はわが国ではまれとされる.
 摂取された栄養素は,消化管内での膵酵素による消化,ついで,刷子縁膜酵素による膜消化と,それに続く輸送担体による能動輸送あるいは受動拡散による吸収,そして吸収細胞内での代謝を受け,門脈やリンパ管を経て主として肝で代謝される過程を経る.この消化吸収過程の病態から管腔内消化障害型,腸粘膜消化吸収障害型と輸送経路障害型に臨床的には病型分類される(表8-5-18).
1)管腔内消化障害型:
食事中脂肪の大部分は炭素鎖が14以上の長鎖脂肪である.脂肪の管腔内消化は咀嚼と胃内攪拌によるエマルジョン形成に始まり,acid-stableなlingual lipaseとgastric lipaseによる部分水解を受け,ここで遊離された脂肪酸が膵リパーゼ分泌刺激に関与する.長鎖脂肪は膵リパーゼの作用により長鎖脂肪酸とモノグリセリドに分解されて吸収される.この際,膵リパーゼによる効率的な消化には,十二指腸内に流入した水素イオンによるセクレチン分泌を介した膵重炭酸分泌促進による管腔内pHの上昇(至適pH6.5),胆汁酸塩によるミセル形成,膵コリパーゼの存在が重要である.したがって,膵外分泌機能不全以外にも,胃での攪拌障害,無酸あるいはZollinger-Ellison症候群での小腸管腔内pHの低下,また肝胆道疾患での胆汁酸合成や胆汁分泌障害,回腸病変や回腸切除による胆汁酸腸肝循環障害による胆汁酸プールの減少,盲係蹄症候群での細菌異常増殖による胆汁酸の脱抱合などによっても脂肪吸収障害が生じる.
 ヒトが消化吸収できる糖質はでんぷんなどの多糖類やスクロース・ラクトースなどの二糖類,さらにグルコースなどの単糖類であり,実際に小腸吸収上皮細胞から吸収されるのはグルコース,ガラクトース,フルクトースの単糖類である.セルロースなどの植物性多糖類は小腸では消化されず,大腸で腸内細菌により発酵を受ける.摂取された糖質は唾液や膵液中のアミラーゼにより小腸管腔内でα制限デキストリンや二糖類まで分解され,さらに刷子縁膜二糖類分解酵素によって単糖類に分解された後,それぞれの単糖類に特異的な輸送担体によって吸収される(後述).したがって,管腔内消化障害は主として膵外分泌機能不全による.
 食事により摂取された蛋白質の大部分は,胃の酸性環境下で活性化されたペプシンで部分消化され,遊離されたアミノ酸は十二指腸・小腸粘膜からのCCK分泌を刺激し膵酵素分泌を促す.蛋白質は膵液中のトリプシン,キモトリプシン,エラスターゼにより小腸管腔内でオリゴペプチドに分解される.オリゴペプチドは刷子縁膜表面のペプチダーゼにより遊離アミノ酸あるいはジ・トリペプチドまで分解され,それぞれ特異的な輸送担体により吸収される(後述).この際,プロエンザイムとして分泌された膵酵素の活性型への変換には胆汁酸塩によって十二指腸吸収細胞の微絨毛から遊離されるエンテロペプチダーゼエンテロキナーゼ)によるペプチド結合の水解を必要とする.
2)腸粘膜消化吸収障害型:
管腔内消化された脂肪水解産物は胆汁酸塩とミセルあるいはリボソームを形成し,吸収上皮細胞微絨毛脂質膜の通過を容易にする.この際,胆汁酸塩は吸収されず終末回腸部に至り再吸収され腸肝循環により胆汁酸プールに入る.脂肪酸の吸収は受動拡散によると考えられていたが,最近になってhuman fatty acid transport protein(hsFATP4)がクローニングされたことにより,長鎖脂肪酸の能動輸送過程の存在が明らかにされた.吸収された脂肪酸は吸収上皮細胞内でトリグリセリドに再合成されコレステロールエステル,リン脂質とアポ蛋白と会合してカイロミクロンを形成して腸管リンパ管を介して全身循環に移送される.この際,細胞内代謝脂肪酸の細胞内輸送に脂肪酸結合蛋白(FABP)が関与する.また,βリポ蛋白欠損症は腸吸収細胞内脂肪代謝障害の要因となると考えられる.これに対して,炭素鎖が6~12の中鎖脂肪酸は胃粘膜や腸上皮から効率よく吸収され門脈に移送される.
 一方,糖質,アミノ酸の腸粘膜消化吸収には腸吸収上皮刷子縁膜に消化酵素,輸送担体の存在することが明らかにされ,その障害による腸粘膜消化吸収障害は刷子縁膜病(brush border membrane disease)と称されている(表8-5-19).
 管腔内消化にてα制限デキストリンや二糖類に分解された糖質は,刷子縁膜に存在する二糖類分解酵素によって単糖類まで分解された後,それぞれの単糖類に特異的な輸送担体によって吸収される.小腸吸収上皮細胞の刷子縁膜にはSGLT1(Na/グルコース共輸送担体),GLUT5(フルクトース輸送担体)が,同基底膜にはGLUT2が発現している.先天性グルコース・ガラクトース吸収不良は生後早期より始まる糖の吸収不良による水様下痢を主症状とするが,SGLT1機能が先天的に欠損した常染色体劣性遺伝性疾患であることが明らかにされている.
 管腔内消化にて遊離アミノ酸にまで分解された遊離アミノ酸は,酸性・中性・塩基性アミノ酸それぞれに特異的な輸送担体により吸収される.一方,小腸に達したオリゴペプチドは刷子縁膜上のペプチダーゼによりアミノ酸まで分解されるが,ペプチド輸送担体PepT1は水素イオンとの共輸送によりジ・トリペプチドを吸収する.刷子縁膜ペプチダーゼはペプチドのN末端に作用するアミノペプチダーゼとC末端に作用するカルボキシペプチダーゼに大別される(アミノペプチダーゼA,N,W,ジペプチジルアミノペプチダーゼⅣ,ジペプチジルカルボキシペプチダーゼ,カルボキシペプチダーゼP,M,エンドペプチダーゼ24,11,グルタチオンジペプチダーゼ,ジペプチダーゼ).刷子縁膜アミノ酸輸送担体は少なくとも8種類の発現が知られている.すなわち,ASC系輸送担体(SNAT,ASCT1),KNaグルタミン酸輸送担体(EAAC1),中性・塩基性アミノ酸輸送担体(rBAT/D2/NBAT,4F2hc),アルギニン酸輸送担体(mCAT),ペプチド輸送担体(PepT1)などであり,Hartnup病では中性アミノ酸輸送系が欠損し,blue diaper症候群はトリプトファンのみの輸送障害,シスチン尿症はシスチン・リジン・アルギニン・オルニチンの4種のアミノ酸の共輸送系の欠損とされる.しかしながら,これら刷子縁膜酵素,輸送担体の吸収不良症候群の病因・病態への関与についてはいまだ不明な点が残されている.
 後天的な吸収実効面積の減少はさまざまな原疾患により生じることが知られている.広範な小腸切除はその代表的なものであり,残存小腸が50 cm以下の短腸症候群では生命維持のための十分な栄養素の吸収は困難であり,完全静脈栄養に頼らざるをえない.また,広範な小腸病変を伴うCrohn病やびまん性に腸絨毛萎縮をきたすセリアックスプルーでみられる吸収不良症候群も広義の腸粘膜消化吸収障害型吸収不良症候群の範疇に入る.
3)輸送経路障害型:
脂肪は腸吸収細胞内で再合成され,リポ蛋白と結合した形で乳び腔に移送され,腸リンパ管から胸管リンパ管に流れ,大循環に入り全身に運ばれる.したがって,Crohn病,Whipple病あるいはリンパ腫によるリンパ管の閉塞,リンパ管形成不全で脂肪の消化吸収障害を生じる.また,糖質や蛋白質は門脈から肝に運ばれ代謝されるが,肝障害などの血管系の障害は腸管うっ血をもたらして吸収に影響を及ぼすことになる.
臨床症状・診断
 本症の診断基準は厚生省特定疾患消化吸収障害調査研究班(昭和60年度業績集)によって,①下痢,脂肪便,体重減少,るいそう,貧血,無力倦怠感,腹部膨満,浮腫,消化管出血(便潜血を含む)などの症状がみられることが多く,②血清蛋白(6 g/dL以下),アルブミン,総コレステロール(120 mg/dL以下)および血清鉄などの栄養指標の低下を示すことが多く,③消化吸収試験で異常を認める場合とされている.淡い色調の油でつやのある悪臭を伴う多量の排便(脂肪便)があり,摂食量に比して体重減少を認める場合には本症を強く疑う.本症の確診には,脂肪が最も消化吸収障害を受けやすいことから糞便中脂肪を検査することが有用である.脂肪50 g/日前後の常食摂取下で糞便塗抹SudanⅢ染色で100倍率鏡顕下に1視野10個以上の脂肪滴を認める場合,あるいは常食摂取(脂肪100~125 g/日まで)で一日糞便中脂肪がvan de Kamer法で6 g以上の場合に脂肪吸収障害とする.糞便中脂肪の異常を認めると,消化吸収障害が存在することが明らかであり,d-キシロース吸収試験を行い管腔内消化障害によるものか,腸粘膜消化吸収障害によるものかを鑑別する.前者であれば膵外分泌機能試験(PFD:BT-PABA法)などで膵・胆機能を評価する.後者であれば,消化管X線検査,腹部超音波検査,CT,内視鏡検査,生検などを組み合わせて原疾患を確定する.回腸病変が疑われる場合にはビタミンB12吸収試験,胆汁酸負荷試験が有用である.腸粘膜消化吸収障害をきたす小腸疾患の代表的疾患としてセリアックスプルー(celiac sprue)があり,グルテンが病態に関与しcryptの過形成を伴い正常の絨毛形態が失われ“flat mucosa”を呈するがわが国ではまれである.最近になって免疫不全とくにAIDSにおける下痢や吸収不良が注目されるようになっており,その多くは日和見感染による.
 一方で,悪性貧血に代表されるような,頻度は多くないものの選択的な栄養素の吸収障害の存在も念頭におく必要がある.
治療
 本症の治療の原則は,まず低栄養状態の改善を行い,さらに消化吸収障害を生じている原疾患・病態を確定して根本的治療を行うことにある.栄養状態を客観的に評価するためには,身体計測,身体構成,血液・尿生化学的検査,免疫能,代謝・筋力を指標とした栄養アセスメントを行うことが重要であり,低栄養状態の改善の指標としては短半減期蛋白の測定が有用である. 消化吸収障害が軽度な場合には,高エネルギー,高蛋白,高ビタミン食とし,食事中の脂肪を1日30~40 gとする.管腔内消化障害型であれば消化酵素製剤を補充療法として常用量の3~5倍あるいは高力価消化酵素製剤を投与する.消化器症状や病態により経口摂取が困難な場合には成分栄養剤・半消化体栄養剤による経腸栄養さらには完全静脈栄養を考慮する.この場合,身体活動維持に適切な投与カロリー量の設定と微量元素などの補充を常に留意する必要がある.[藤山佳秀]
■文献
馬場忠雄:吸収不良症候群.最新内科学大系 特別巻3(別冊)内科臨床リファレンスブック疾患編Ⅱ,pp150-156,中山書店,東京,1998.
Mason JB: Mechanisms of nutrient absorption and malabsorption. In: UpToDate (La Mont JT ed), UpToDate, Wellesley, 2012.
石川 誠,高橋恒男:疫学調査報告.厚生省特定疾患消化吸収障害調査研究班昭和57年度業績集,pp15-26, 1983.
辻川知之,宇田勝弘,他:小腸の形態と機能.消化器科,35: 483-489, 2002.

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六訂版 家庭医学大全科 「吸収不良症候群」の解説

吸収不良症候群
きゅうしゅうふりょうしょうこうぐん
Malabsorption syndrome
(食道・胃・腸の病気)

どんな病気か

 経口摂取したいろいろな栄養素、とくに脂肪の消化吸収が阻害された病態を指し、障害の程度や持続期間によって低栄養状態を来すことがあります。

 このなかにはさまざまな病気が含まれますが、栄養素の吸収過程自体の異常に基づく原発性吸収不良症候群と、原因となる病気によって二次的に起こる続発性吸収不良症候群に大きく分けられます。日常の臨床では、後者によるものが大部分を占めています。

原因は何か

 原発性吸収不良症候群の代表的な病気にスプルー、腸酵素欠乏症(ちょうこうそけつぼうしょう)があります。

 スプルーは、セリアックスプルー(グルテン腸症)と熱帯性スプルーに分類されます。セリアックスプルーが、小麦蛋白のグルテンに対する過敏反応によって生じ、遺伝的素因の関与が推測されているのに対し、熱帯性スプルーは感染症に起因すると考えられています。いずれも欧米に多く、日本では極めてまれな病気です。

 一方、ラクターゼなどの腸酵素の欠乏症の多くは遺伝的に規定されていると考えられています。

 続発性吸収不良症候群の原因としては、クローン病など広範囲にわたる腸病変、アミロイドーシス(異常蛋白のアミロイドが体のなかに付着して臓器の機能障害を引き起こす状態)などの全身性の病気、腸切除後、放射線照射後、膵(すい)がんや胆道がんなどでの消化酵素分泌障害といったいろいろな病気があげられます。

症状の現れ方

 下痢、脂肪便(泥状便で酸性臭がある)、体重減少、全身倦怠感(けんたいかん)、腹部膨満感(ぼうまんかん)、浮腫、貧血、出血傾向、病的骨折、テタニー(四肢の硬直性けいれん)、皮疹などがみられます。各種栄養素の吸収過程で最も早く障害を受けるのは脂肪なので、脂肪吸収障害に基づく慢性下痢や脂肪便が高頻度にみられる最も重要な症状です。

 また、日本人に多いラクターゼ欠乏症では、牛乳など乳糖を含む食物の摂取によって、腹痛、腹鳴(ふくめい)、腹部膨満感、水様性下痢を生じます。

検査と診断

 糞便検査では脂肪便、血液検査では貧血、低蛋白血症、低アルブミン血症、低コレステロール血症、低カルシウム血症がみられます。消化吸収試験として、糞便脂肪量の測定、D­キシロース吸収試験、呼気水素試験、乳糖負荷試験、シリング試験、膵外分泌機能検査などが行われ、障害部位や程度の診断に有用です。

 さらに、小腸X線検査、十二指腸・小腸内視鏡検査、生検による組織検査、腹部超音波・CT検査などは原因となる病気の診断に必要です。

治療の方法

 消化吸収障害が軽度であれば、食事療法(低脂肪・高蛋白・低繊維食)と消化酵素の投与を行います。

 消化吸収障害が高度で低栄養状態を伴う場合は、まず経腸栄養法(半消化態栄養剤または成分栄養剤を経鼻チューブか経口で投与する)あるいは完全静脈栄養法による栄養療法を行い、栄養状態の改善を目指します。

 同時に、原因となる病気の診断を確定し、それに対する治療を行うことが大切です。

病気に気づいたらどうする

 下痢、脂肪便、体重減少などの吸収不良症候群を疑わせる症状に気づいたら消化器内科を受診してください。ラクターゼ欠乏症では、乳糖を含む食品(牛乳、チーズなど)をなるべく制限する必要があります。

飯田 三雄

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改訂新版 世界大百科事典 「吸収不良症候群」の意味・わかりやすい解説

吸収不良症候群 (きゅうしゅうふりょうしょうこうぐん)
malabsorption syndrome

タンパク質,脂肪,糖質,ビタミン,無機質などの消化吸収障害によって,それぞれの栄養素が欠乏し,低栄養や栄養失調の状態がひき起こされる病態を一括した呼び方。栄養素の吸収の過程には,腸管腔内での消化,小腸粘膜細胞での吸収,吸収された栄養素のリンパ管または血管を介した運搬の三つの過程が含まれている。栄養素が十分吸収されるためには,これらの過程が円滑に行われることが必要であり,それらのいずれの過程に異常が起こっても吸収が障害され吸収不良症候群がひき起こされる。吸収不良症候群には多くの疾患が含まれているが,日本でしばしばみられるものは,胃切除,小腸切除,膵切除などの後や盲係蹄症候群(胃や腸に短絡や盲管ができるために起こる病気),慢性膵炎,閉塞性黄疸,重症肝硬変症など,主として腸管内消化異常によるもので,外国で比較的多いセリアック症候群などの小腸粘膜疾患やウィップル病,腸リンパ管拡張症などリンパ系の異常に基づくものはむしろまれである。吸収不良症候群では,初期には体重減少,下痢,脂肪便(多量の脂肪を含む糞便(ふんべん))などがみられるが,重篤になると,種々の栄養素の欠乏によって,浮腫,ビタミン欠乏症,骨の病変,出血,無月経,神経炎など種々の症状が出現する。

 吸収不良症候群は,吸収試験,小腸X線検査,小腸生検などの検査を適宜組み合わせて診断される。吸収試験には糞便脂肪量定量,D-キシロース試験やビタミンB12吸収試験など種々の試験法があり,その成績から吸収障害の程度や病変部位をある程度把握できる。その情報を基に,診断確定のため小腸X線検査や小腸生検が行われる。小腸X線検査では,小腸の形態学的異常や小腸粘膜疾患の存在を知ることができる。また,小腸生検で得られた小腸粘膜の特徴的な所見から,粘膜病変を起こす種々の疾患を鑑別することができる。

 吸収不良症候群の治療のうち,食事療法の基本は高タンパク質,低脂肪,高カロリー食である。薬物療法としては,アミノ酸製剤,糖液,アルブミン製剤などの補液を行うとともに,無機質,ビタミンなどのうち,とくに欠乏した栄養素を重点的に補充する。そのほか,消化異常に基づく吸収不良症候群には消化酵素剤が,盲係蹄症候群に対しては抗生物質が有効である。ところで,最近,栄養素の補給に対する画期的な治療法として中心静脈栄養法と経腸管栄養法が開発され,臨床に用いられている。中心静脈栄養法は,中心静脈に管を挿しこんで,高張糖液,アミノ酸製剤,脂肪乳剤などを輸液して高カロリーを補給する方法である。一方,経腸管栄養法は,タンパク質源として純粋のL-アミノ酸またはタンパク質水解物を,糖質としてブドウ糖またはショ糖を用い,あらゆる必要栄養素を加えた,ほとんど消化を必要としないelemental diet(ED)を腸管に直接与える方法で,1日3000calを補給することができる。
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家庭医学館 「吸収不良症候群」の解説

きゅうしゅうふりょうしょうこうぐん【吸収不良症候群 Malabsorption Syndrome】

[どんな病気か]
 栄養素がうまく吸収されず、栄養障害をおこす症候群の総称です。
 原因はさまざまですが、腸上皮(ちょうじょうひ)での膜消化(まくしょうか)がうまくいかない原発性腸疾患によるもの、手術、炎症、腫瘍(しゅよう)により腸粘膜が障害された続発性腸疾患によるもの、肝臓、胆道(たんどう)、膵臓(すいぞう)の病気により膵液や胆汁の分泌(ぶんぴつ)が障害されたもの、栄養素の吸収経路である門脈(もんみゃく)やリンパ管が障害されたもの、という4通りに大きく分かれます。
 このため、治療法も原因によって異なります。
 日本では、胃切除後、乳糖不耐症(にゅうとうふたいしょう)、短腸症候群(たんちょうしょうこうぐん)(小腸(しょうちょう)を広範囲に切除したために、消化吸収障害をおこすもの)、クローン病、腸結核(ちょうけっかく)、アミロイドーシス、強皮症(きょうひしょう)、腸内細菌の異常繁殖、抗がん剤や放射線障害、膵胆道疾患(すいたんどうしっかん)にともなうものがよくみられます。
[症状]
 下痢(げり)、脂肪便(しぼうべん)、腹部膨満感(ふくぶぼうまんかん)など消化吸収障害によるものや、体重減少、やせ、成長障害、浮腫(ふしゅ)、腹水(ふくすい)、貧血(ひんけつ)、皮下出血(ひかしゅっけつ)、骨軟化症、口内炎、末梢神経炎(まっしょうしんけいえん)、無月経(むげっけい)、テタニー(強いひきつけ)、眼症状など、各種の栄養素やビタミンの欠乏によるものなどがみられます。
 とくに子どもでは、成長障害や二次性徴低下に注意しなければなりません。
[検査と診断]
 厚生省(現厚生労働省)特定疾患調査研究班が定めた低栄養状態の基準と消化吸収機能の結果とを評価して診断します。
 低栄養状態とは、血清(けっせい)たんぱくが1dℓあたり6g以下、血清コレステロールが1dℓあたり120mg以下であることが定められています。
 消化吸収機能検査は、糖分の多い飲料水を飲んで行なう経口ぶどう糖負荷試験やキシロース負荷試験が広く用いられ、乳糖不耐症には乳糖負荷試験が行なわれます。
 脂肪の検査では糞便(ふんべん)の脂肪染色や糞便中の脂肪定量が行なわれます。また、ビタミンB12の吸収試験や骨塩定量検査も参考として行なわれます。
 原因疾患や患部を調べるにはCT、MRI、X線透視、内視鏡による生検(せいけん)も必要です。
 最近は免疫不全症候群(めんえきふぜんしょうこうぐん)(エイズなど)にともなう症例もみられるので、これからは免疫学的検査も必要になるでしょう。
[治療]
 原因疾患の治療が原則ですが、治療法がない疾患も多くあります。
 食事療法、栄養素補充療法もありますが、なるべく口から食べて治療するのが原則です。
 食事療法は、乳糖不耐症やセリアック病(小児脂肪便症)などでは、制限食が有効です。
 また、高エネルギーで低脂肪の食事療法、成分栄養法、完全静脈栄養法などの栄養素補充療法があります。
 一般にこの症候群の下痢には、ふつうの止痢薬(しりやく)や抗コリン薬があまり効かないので、代わりに、ロペラマイドや麻薬の使用、消化酵素(しょうかこうそ)の大量療法が行なわれます。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「吸収不良症候群」の意味・わかりやすい解説

吸収不良症候群
きゅうしゅうふりょうしょうこうぐん

栄養素の消化吸収障害のある状態の総称で、結果として栄養失調をきたしている。症状としては、慢性下痢、脂肪便、体重減少、るいそう(やせすぎ)、無力倦怠(けんたい)感、手足の浮腫(ふしゅ)、腹部膨隆、鼓腸、食欲不振、各種の貧血、皮膚炎、口内炎など多彩な変化がみられるが、いずれもタンパク質、脂肪、各種ビタミン、無機質の吸収障害による欠乏症状である。症状の中心となるのは低タンパク血症による手足の浮腫で、顕著なときには腹水や胸水を現すようになる。脂肪便は糞便(ふんべん)中の脂肪排出量の異常増加で、欧米では吸収不良症候群の中心症状とされているが、食事脂肪摂取量の少ない日本では糞便中脂肪量が1日に10グラムを超すことは、むしろまれである。診断検査法として消化吸収試験が行われるが、やや過量の食事に相当する量の栄養素を負荷してその消化吸収障害を検出する必要がある。

 吸収不良症候群はさまざまな病気や病的状態においてみられる。(1)原因疾患のない原発性吸収不良症としては、セリアック・スプルーceliac sprue病や熱帯性スプルー病、刷子縁膜(さっしえんまく)酵素欠損症(小腸の上皮細胞の刷子縁膜にある各種の酵素が欠乏しているもので、ラクターゼ欠損症など)、先天性無リポタンパク血症などがある。(2)吸収面積減少によるものとしては、小腸の広範な病変であるクローン病、腸結核、強皮症などのほか、小腸切除後や腸管バイパス形成術後などがある。(3)腸管運動亢進(こうしん)としては、カルチノイド症候群がある。(4)腸内細菌叢(そう)の異常としては、盲嚢(もうのう)症候群(ブラインドループ症候群)がある。(5)消化障害によるものとしては、消化に関与する胃、膵(すい)、胆嚢の病気や切除術後におこるものがある。

 治療としては、原因療法のほか、共通した治療法として栄養補充療法が行われる。これには、アミノ酸混合物などのように消化吸収されやすい栄養素からなる成分栄養食の経腸栄養療法などが含まれる。

[細田四郎]

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栄養・生化学辞典 「吸収不良症候群」の解説

吸収不良症候群

 →吸収不良症候

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世界大百科事典(旧版)内の吸収不良症候群の言及

【消化不良】より

消化の過程が障害されて食物の分解が十分に行われない状態を消化不良というが,これは同時に吸収不良をともなうので,多くの場合吸収不良症候群としてまとめられ,消化不良という言葉は成人の単一病名としてはあまり用いられていない。 消化液の不足をもたらすものとして,肝臓・胆道疾患(肝炎や胆石,腫瘍による閉塞性黄疸のように胆汁分泌が障害されるもの),膵臓疾患(膵炎のように膵外分泌が障害されアミラーゼ,リパーゼなどが不足する場合),胃切除(胃手術により胃酸,ペプシンなどが不足する場合)などがあり,これらが消化吸収不良の原因となる。…

【小腸】より

…その他ごくまれに平滑筋肉腫をみることがある。(4)吸収不良症候群 小腸における吸収障害を主徴とする疾患を総称して吸収不良症候群という。このうち小腸の粘膜上皮細胞自体に欠陥があり著しい絨毛萎縮をきたすものにスプルーsprue(特発性吸収不良)がある。…

※「吸収不良症候群」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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