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慶光院 けいこういん

百科事典マイペディアの解説

慶光院【けいこういん】

三重県伊勢市宇治浦田町にあった臨済宗尼寺。またその歴代住職の院号。16世紀初頭,初代の守悦が伊勢神宮衰微を嘆き,宇治橋を架け替えたのに始まり,3代清順は外宮遷宮を実現。

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世界大百科事典 第2版の解説

けいこういん【慶光院】

三重県伊勢市にあった臨済宗の尼寺。室町時代中期,守悦尼が開いたと伝えるが,3代清順尼,4代周養尼のとき伊勢神宮と密接な関係を生じた。神宮への崇信が厚い清順尼は,1551年(天文20)宇治橋架橋をなしとげ,その功で慶光院の院号を勅許され,ついで戦国争乱のために20年ごとに造替される神宮社殿の式年の遷宮が100余年も絶えていることを嘆き,後奈良天皇勅旨を得て,勧進聖(かんじんひじり)として回国し浄財を集めた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

慶光院
けいこういん

伊勢(いせ)国度会(わたらい)郡(三重県伊勢市)宇治浦田町にあった伊勢神宮の尼寺。本寺のない臨済宗の寺で、室町末期に創立された。代々、伊勢神宮の衰微を嘆いて、その復興を志したため、3代清順(?―1566)のとき、その功によって後奈良(ごなら)天皇により上人(しょうにん)号が代々の院主(いんじゅ)に、その住居する寺院に慶光院の名称が与えられた。院主は紫衣(しえ)勅許の比丘尼(びくに)で、伊勢上人あるいは遷宮上人といわれ、神宮の神官をしのぐ権勢を有していたが、1869年(明治2)廃寺となり、その跡は伊勢神宮の神官・祭主の居住所となっている。
 なお、徳川3代将軍家光(いえみつ)の愛妾(あいしょう)お万の方(かた)は慶光院院主から江戸大奥入りしたことで知られる。[石上善應]

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