改訂新版 世界大百科事典 「撰銭令」の意味・わかりやすい解説
撰銭令 (えりぜにれい)
室町・戦国時代に,悪銭のうちとくに粗悪な銭の流通を禁止するとともに,その他について撰銭を禁止するなど,銭貨流通に関して室町幕府,大名,社寺などが発した法令。〈せんせんれい〉〈せいせん(精銭)れい〉ともいう。室町・戦国時代に経済が発展し,貨幣流通が盛んになると,輸入中国銭の不足をきたし,私鋳銭の大量鋳造がおこなわれ高利貸営業,商取引,年貢公事・反銭の銭納などにおいて,撰銭行為によるトラブルが発生した。このため銭貨流通を円滑化するため,しばしば撰銭令が出された。幕府は,1500年(明応9)を初見として,66年(永禄9)まで9回の撰銭令を出している。明応9年令は〈日本新鋳料足〉(日本の私鋳銭)やこれに含まれると思われる京銭(きんせん),打平(うちひらめ)などの悪銭の流通と永楽・洪武・宣徳など明銭の撰銭を禁止するもので,永正3年令(1506)以降になると,100文につき32銭(3分の1)の上限の混入率で明銭およびひびわれ銭の精銭なみ使用を促進した。その後この項目に加えて,悪銭そのものの売買や,撰銭を理由に価格を高くする行為の禁止などが追加された。66年になると宣徳,新銭,洪武,恵明,破銭,欠銭の6銭が撰銭してよい悪銭として指定されている。
大名の撰銭令としては,古く1485年(文明17)に大内氏が,反銭において100文のうち永楽・宣徳20文を混じてもよいこと,高利貸や売買においてはこの両銭は選ぶことを禁じ,100文中30文の比率での混用を規定し,〈三文悪文〉として〈さかひ銭〉,洪武銭(なわ切),打平の流通を禁止している。そのほか,結城氏,浅井氏,織田氏,後北条氏,興福寺,東福寺などが撰銭令を出している。撰銭令の基本は,銭を(1)精銭,(2)準精銭(永楽銭,ひび割れ銭など),(3)悪銭に三分し,(2)を混入率の上限を定めて精銭なみに流通させ,(3)を禁止するというものである。この場合,宣徳・洪武が(2)に含まれたり,(3)となったりし,(2)の内容は若干変化している。
執筆者:峰岸 純夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報