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改税約書 かいぜいやくしょ

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

改税約書
かいぜいやくしょ

幕末,列国の圧力のもとに改訂された関税協定。江戸協約ともいう。慶応2 (1866) 年6月,兵庫沖に集結した四国連合艦隊 (英,仏,米,蘭) の威嚇により,幕府は兵庫開港延期の代償として関税率の引下げ要求に応じるほかなく,25日江戸で老中水野忠精 (ただきよ) が調印,6日後に発効した。

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デジタル大辞泉の解説

かいぜい‐やくしょ【改税約書】

慶応2年(1866)、江戸幕府イギリスフランスアメリカオランダの四国と結んだ貿易約書。安政の仮条約の関税引き下げについて、外国の強い要求により締結。これによって欧米の日本市場への進出が決定的なものとなった。のち、明治時代における条約改正の主目標となり、明治27年(1894)廃棄。

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百科事典マイペディアの解説

改税約書【かいぜいやくしょ】

1866年6月江戸幕府が英・米・仏・オランダと結んだ関税軽減を骨子とする協約。安政仮条約では個々の輸出入品の価格を税関で決定した上で5〜35%の従価税を課していたが,この協約で4ヵ年平均価格を原価とする一律5%の従量税に改正された。
→関連項目パークス

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世界大百科事典 第2版の解説

かいぜいやくしょ【改税約書】

1866年6月25日(慶応2年5月13日)江戸幕府がイギリス,アメリカ,フランス,オランダの4国と結んだ関税率改訂についての協約。全12条。1865年11月(慶応1年9月)4国の連合艦隊は大坂湾に入り,上京していた将軍徳川家茂に対し,長州藩の下関での外国船砲撃事件の償金の3分の2を放棄する代りに,58年に結んだ修好通商条約の勅許,兵庫開港,輸入税率を5%にすることの3ヵ条の実現を要求した。この武力の威嚇の下で開かれた朝議は,11月22日(慶応1年10月5日)兵庫開港は認めないが条約は勅許することを決定した。

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大辞林 第三版の解説

かいぜいやくしょ【改税約書】

1866年江戸幕府が英・米・仏・蘭と結んだ輸入税に関する協約。安政条約の5~35パーセントの従価税を廃止し、従価5パーセントを基準とする従量税とするもので、きわめて不利な関税率であった。1894年(明治27)条約改正交渉により廃棄。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

改税約書
かいぜいやくしょ

安政(あんせい)五か国条約付属貿易章程の改訂協約。江戸協約ともよばれる。条約所定の開港期限を間近に控えて兵庫港沖に集結した列国艦隊の圧力を受け、1866年(慶応2)5月13日、英、米、仏、蘭(らん)4国代表との間に、老中水野忠精(ただきよ)が調印した。この際、イギリス公使パークスを主役とする列国側は、財政難の幕府が困窮している下関戦争償金支払い額の3分の2を減免することを条件に、条約勅許、兵庫開港、関税率低減を要求項目に掲げた。兵庫開港を朝廷が許可しなかったため、関税率の低減受諾は必至の成り行きとなった。この結果、これまで35%ないし5%の従価税方式であった関税が、対清(しん)貿易で慣行化されていた4年間の物価平均で定まる、原価の一律5%を基準とする従量税方式に改められた。そのため外国商品は、以後、日本国内のインフレに即応しない安値で大量に流入することとなり、清国並みの不利益な低関税に苦悩し、産業資本の発達が厳しく阻害されることとなった。1894年(明治27)廃棄。[田中時彦]
『石井孝著『明治維新の国際的環境』(1966・吉川弘文館)』

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世界大百科事典内の改税約書の言及

【関税自主権】より

…たとえば中国では,1856‐58年の第2次アヘン戦争の結果,清国は天津条約を押しつけられ,輸出入とも従価5%基準従量税という関税率を強制された(関税問題)。日本も1858年(安政5)の日米修好通商条約により治外法権,協定税率,最恵国条項を主要内容とする不平等条約を強制され,さらに66年(慶応2)の改税約書により天津条約とほぼ同様の輸出入一律従価5%の従量税率が協定されたのである。一律5%という低率関税,片務的協定関税であったことに加え,支払通貨の基準が銀におかれたため,銀価格の低落に伴い税率は5%以下になり,この改税約書のために日本は大損害をこうむった。…

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