放射線管理(読み)ほうしゃせんかんり(英語表記)radiation control
radiation management

改訂新版 世界大百科事典 「放射線管理」の意味・わかりやすい解説

放射線管理 (ほうしゃせんかんり)
radiation control
radiation management

放射線防護のための実務を放射線管理という。放射線被曝は,放射線場に個々の人間が存在することにより成立する。放射線管理は発生源を含めた放射線場の管理と個人の管理の二つから成り立っている。実務面からは,たとえば原子力施設内などの放射線作業環境における管理と,それ以外の一般環境での管理とに分けて考えるのが便利である。

 放射線管理を手落ちなく行うためには,放射線防護の規準である被曝線量限度すなわち線量限度から導いた各種の規準を設け,さらに実行上の手順などを定めておき,それらに従うのが通常である。実際に,まず国が国際放射線防護委員会の勧告にのっとり定めている〈放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律〉などがあり,次いで事業所内で定める放射線障害予防規定などの事業所内規準があり,さらに放射線取扱作業ごとに作業計画や作業手引などがある。なお,放射線管理には専門的能力が必要であり,各事業所は国家試験を通じて免状を取得した者の中から放射線取扱主任者を選任する。

 放射線管理の基本的なやり方は,発生源に近い場所から被曝する人間までを順次放射線モニタリングし,その結果に基づいて発生源を含む環境の管理あるいは放射線作業や一般人の行動の管理を行い,もって放射線安全を確保するという方法である。ただし,放射線管理はあくまでも放射線あるいは原子力利用の行為が遂行される中で行われるものであり,放射線防護の観点から放射線利用行為そのものの中止を指示せざるを得ない事態になれば,それはその放射線管理が失敗したことを意味する。

人が作業し居住する環境の放射線レベル,あるいは放射性物質による汚染のレベルを一定限度内に維持することは,放射線管理上最も基本的なことである。環境管理は,放射線作業者の被曝の場である作業環境の管理と,一般公衆の被曝の場となる一般環境の管理とに大別できる。作業環境の管理にあたっては,それを確実にかつ容易に行うため,放射線や放射性物質取扱区域を一般の環境から分け,管理区域ならびに周辺監視区域を設けてこれを行う。それぞれの設定規準は,管理区域はそこで継続した作業を行うと放射線作業者の線量限度の3/10,周辺監視区域の場合は1/10を超す恐れであり,実際の法律上の設定規準は空間線量率,空気中と水中の放射性物質の濃度および表面汚染密度の3点に関し,たとえば,空間線量率は週30ミリレム(1レム=0.01シーベルト)を超える恐れのある場所は管理区域とするというように,それぞれについて数値が定められている。これらの区域は標識によって明示し,区域放射線管理を行うとともに,とくに管理区域ではそこでの作業は指定された者に限定して個人放射線管理を行う。

 区域放射線管理の第一歩は,空間放射線モニタリング,空気汚染モニタリングおよび表面汚染モニタリングである。そして,これらモニタリング結果が管理規準を超えたときには遮へいの変更,換気率の増大,除染などを検討し,ひいては作業時間の制限などにいたる。空間線量率の測定には一般にサーベイ・メーターを使用し,大規模施設では連続監視用のエリアモニターを併用する。X線,γ線あるいはβ線用には電離箱,ガイガー=ミュラー計数管,NaIシンチレーションカウンターなどを検出器としたものが多用されており,中性子線用の検出器としてはBF3計数管やハースト型比例計数管が用いられている。空気汚染は体内汚染の原因となり,空気中の放射性物質の様相は,その物理化学的性状によってダストのようにろ紙で捕集されるもの,ヨウ素のように活性炭で捕集されるもの,あるいはトリチウム水蒸気などのように放射性気体と種々さまざまである。したがってモニタリング方法も種々の様式があるが,ごく一般的には,ダストモニターなどを用いて空気中の放射性物質濃度を連続的に測定監視する方法と,ダストサンプラーを用いて捕集した試料を放射能測定器で測定する方法がとられている。表面汚染は体内汚染の原因となるとともに体外被曝の原因ともなる。表面汚染の測定には,測定すべき表面を直接サーベイメーターで測定する方法と,汚染個所をろ紙などでふき取ってその放射能を測定する方法(スミア法)とがある。このほかには,個人被曝管理にも関連して,管理区域から退出する際の手足・衣服のモニタリングがあり,そのためには固定式のハンドフットクロスモニターが使用されることが多い。

管理区域で作業する者およびそこに随時立ち入る者はそれぞれ放射線作業従事者および管理区域随時立入者といい,個人管理の対象となり,個人被曝管理および医学的監視が行われる。個人被曝管理の基礎は,作業者の身体に装着した用具による体外放射線の測定,または作業者の体内あるいは排泄物中の放射性核種の測定という個人の直接的モニタリングにより,あるいは,作業環境に関するモニタリングと作業状況からの間接的な計算により,人体内各種器官組織に対する被曝線量あるいは預託線量を評価することにある。体外放射線に対する個人被曝線量計のおもなものは,フィルムバッジ,ガラス線量計,熱ルミネセンス線量計およびポケット線量計であり,それぞれに使用上の特性があり,状況に応じて最も適切なものを選ぶ必要がある。全身被曝線量を求めるためには胸部あるいは腹部に着用するが,通常は1個の線量計をつけるだけであるから,身体内部の器官や組織に対する被曝線量を直接測定していることにはならない点に留意する必要がある。体内汚染のモニタリングは体外放射線に比し複雑であり,通常は空気汚染等作業環境の汚染がある規準値より高いと認められた場合にのみ行われる。体内汚染モニタリングには全身を測定する方法,排泄物その他の生体試料を採取して測定する方法,鼻腔や咽頭のふき取りを行い,それを測定する方法などがある。全身計測法は直接測定であるため精度は高いが,全身測定器(ホールボディカウンター,ヒューマンカウンター)の設備費用が相当かかること,α線あるいはβ線放出核種であってγ線の放出を伴わないものは測定の対象となりえない,などの欠点がある。排泄物などの測定はバイオアッセー法といわれ,比較的簡便な方法であるため日常業務としてよく用いられる。試料としては尿,糞,呼気,血液,痰などが用いられる。元素ごとに設定されている一定の代謝モデルを用いて試料の測定値から放射性物質の体内量を推定し,さらに組織線量を計算するため,その代謝モデルと違った代謝様式をもつ人では線量推定値の精度が低くなりやすい。

 個人管理の一環として医学的健康管理がある。これは医学的監視とも呼ばれ,産業医学の一環としての特殊健康診断の一つと位置づけられている。すなわち,個人の健康状態の把握および放射線障害の早期発見のための措置である。その内容は個人の作業種その他により異なるが,皮膚,末梢血の血液像,眼などが主であり,定期的に実施する。

 被曝管理および医学的監視の結果は記録し,データを解釈し放射線管理の改善に利用しやすいような形で整理し保管する。核燃料取扱施設や原子炉施設の放射線作業従事者には被曝線量登録管理制度があり,国の指定機関である放射線従事者中央登録センターが一括して被曝線量などの登録保管を行っている。

管理区域外の管理は一般環境管理と呼び,一般環境に放出された放射性物質や放射線から公衆の健康を守り,環境の保全を図ることを目的とする。一般環境では線量限度が低く,放射線あるいは放射性物質による汚染のレベルも低いが,管理対象となる面積はきわめて広い。したがって,一般公衆の被曝線量の評価にあたって,個人モニタリングの方法は用いず,環境モニタリングの結果あるいは放出データから計算によって算出する。その際,環境中に導入された放射性物質が最終的に人に被曝を引き起こすまでの経路はきわめて複雑となる場合が多いが,その中で潜在的危険性の大きい核種,経路,被曝者集団などを見いだし,それを対象にモニタリングを実施し,環境管理に役だてることが重要である。環境モニタリングは放射線あるいは原子力施設の管理者が行うが,施設が大型の場合には地方行政機関も行っている。この場合は,施設の管理者側は放射線あるいは放射性物質発生源の管理,すなわち遮へいなり封じ込めが予定通り行われているかの監視確認のため施設周辺に対し実施し,行政機関側は公衆の健康と安全を守るため環境での放射線が容認されたレベルを十分下回っていることを確認するため,住民の側に重点を置いて実施する。環境モニタリングの内容は,空間放射線の線量率と積算線量,大気中浮遊塵,飲料水,農畜水産食品および指標生物中の放射性物質ならびに気象要素などであり,その中から対象とする施設の種類あるいは地域の住民の生活習慣などを配慮して取捨選択する。

放射線取扱施設あるいは原子力施設などで異常事態が発生する可能性があり,そのような事態に対処するための放射線管理を緊急時の管理という。基本的に,人体の安全を第一に考え,とくに公衆の防護を最優先する,異常事態の拡大を防止する,作業にあたって合理的に達成できるかぎり被曝を制限し,限度を超える被曝は避けるように努める,異常事態の原因の推定と被曝線量算定に役だつ情報の入手に努める,などが重要である。緊急事態の中で,これらをできるだけ完全に行うため,事態の程度に応じた対処法ならびに緊急時用組織を事前に定めておき,それに従って実行する。
放射線被曝
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

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