人間の生活環境にある放射線。広義には人間が受けるすべての放射線をさすが,狭義には患者が医療上受ける放射線と作業者が職業上受ける放射線は含まない。すべての人間が程度の差こそあれ環境放射線に被曝(ひばく)しており,その被曝の個人管理は医療被曝や職業被曝に比し困難である。環境放射線はその線源に関して,自然放射線natural radiation,ならびに核実験,原子力発電所等核燃料サイクルおよびその他雑線源からの人工放射線artificial radiationがある。また,被曝様式と関連して,線源が人体外にある体外放射線と,放射性物質を体内に取り込むことによる体内放射線とがある。自然放射線による通常の人間の被曝量は年間約100ミリラド(1ミリラド=10⁻5グレイ)であり,人工放射線による被曝はその数%である。ただしこの数値は,診断用医療放射線を含めれば数十%となる。放射線に被曝すると放射線障害の発生確率が増大すると考えられることから,環境放射線のレベルを低く保つことは重要である。
→放射線被曝
自然放射線には宇宙線と自然放射性物質からの放射線がある。宇宙線とは,地球の外部で発生する高エネルギーの放射線と,これが大気中に侵入すると大気の核と相互作用をして発生する二次粒子や電離放射線の総称であり,人々はこれに被曝する。日本のような中緯度地方の低地の住民にとっての宇宙線による線量は,1年間に電離成分によって28ミリラド,中性子成分で0.35ミリラドである。これらの線量は高度によって異なり,高度が1500m高まると線量は約2倍になる。ペルーでは4300mの所に相当数の人間が住んでいて,そこでは宇宙線線量は年間200ミリラドとなる。自然放射性物質には,宇宙線によって生成される宇宙線生成放射性核種と,地球が形成されたとき地球に取り込まれ現在まで保持されている地球起源放射性核種とがある。前者は大気中の窒素や酸素の核に宇宙線が作用し生成されるもので,人体への被曝源の観点からは14C,3H,7Beなどが重要である。後者にはウランなど放射性崩壊系列をつくるものと,そうでないものとがある。崩壊系列をつくらないものでは40Kが人間のきわめて重要な被曝源であり,大地にあって体外被曝をもたらすとともに体内にあって体内被曝をもたらす。体重60kgの人の40Kの体内量は784ピコキュリー(1キュリー=3.7×1010ベクレル)であり,これによる線量は年間17ミリラドである。崩壊系列をつくるものには,238Uを親とし226Raや222Rnなどを経て206Pbまで崩壊するウラン系列,232Thを親とし208Pbまで崩壊するトリウム系列,さらに量的には少ないが235Uを親に207Pbまで崩壊するアクチニウム系列がある。地球起源放射性核種は岩石や土壌に含まれるが,その含有量は岩石によって異なり,たとえば火成岩とくに花コウ岩は高い。このことを反映して大地からの放射線量は場所によって大きく異なる。たとえば日本では,一般に関東地方で低く,関西地方での年間60~70ミリラドの約半分である。世界的には特異的に高い所がいくつか知られている。その例はブラジルのグアラパリ地方やインドのケララ地方であり,そこには局地的にウランやトリウムを多く含む所があって年間の線量が1000ミリラドを超す。体内放射線を全身被曝の観点でみれば前述の40Kの寄与が大きいが,肺に限れば別の問題がある。ウラン系列の222Rnとトリウム系列の220Rnはガスで,大地あるいはコンクリート建材から大気中に出ていく。これらとそれぞれの娘核種はγ線よりも放射線生物効果の大きいα線を放出することから,環境中のラドン濃度が肺癌誘発の確率と関連して注視されている。日本では,木材家屋が多いことから現状では西欧人に比べラドン吸入量も低いと考えられるが,最近の不燃構造物の増加,冷暖房の発達と省エネルギー思想の進展などから,今後は屋内でのラドン濃度の増大が予想される。
(1)原水爆実験による環境放射線 核爆発は大量の放射性物質を生成し,大気中で行われた場合には広く環境中にばらまかれる。放射性物質の挙動は爆発の規模や場所,高度などによって大きく異なり,たとえば成層圏に入ったものは地球を何回となく回りながら成層圏放射性降下物として緩やかに降下する。1945年7月のアメリカ,アラモゴードでの人類初の核爆発実験以来今日まで大気圏中で約500回の核実験が行われ,90Sr,131I,137Csなど大量の放射性物質が環境中に放出された。その全量は特異的に長い半減期の14Cの寄与を除いても線量預託として200ミリラドに相当する。ただしその大半は1950年代と60年代初めに与えられ,62年のアメリカ,イギリス,ソ連の部分的核実験停止条約により大気中での実験はフランスや中国などによるものに限られることとなり,70年後半以降放射性物質の降下率はかなり低いものとなっている。
(2)原子力発電に起因する環境放射線 原子力発電に関連するウラン採鉱から放射性廃棄物の処分まで核燃料サイクルの各段階は,それぞれ環境放射線と関連する。ただし環境放射線源としての核燃料サイクルに付随した放射性物質は,そのほとんどすべてが強固に封じ込められている部分に存在し,そのうえ厳重な管理下にあるという意味で,同じ核エネルギーの利用とはいえ核爆発の場合とは大きく異なる。しかし少量の放射性物質はサイクルの各段階で環境中に放出される。ウランの採鉱と精錬の段階では核燃料サイクルとしては比較的大量の放射性物質が環境中に放出される。その内容は換気中のラドンとその娘核種および鉱石中のウランとその娘核種である。日本ではこの段階は小規模にしか行われていない。燃料への変換濃縮加工の段階でも同様なものが放出されるが,この段階での放出管理は比較的容易であり,放出量は採鉱・精錬の段階に比し少ない。
原子力発電所等での原子炉の運転の段階ではウランの核分裂によって大量の核分裂生成物が生ずる。そのうち固体状のものは燃料の中にとどまるが,希ガスなどは燃料棒に少しでも穴があいていれば冷却材中に移行する。このほかに,量的には少ないが,冷却材の中の物質が中性子照射を受けて放射化生成物となる。これには,腐食生成物が放射化されてできる核種(64Cu,54Mn,60Coなど),および冷却材中の元素が放射化されてできる核種(18F,41Arなど)がある。冷却材中のこれら放射性物質はイオン交換樹脂により捕捉され,気体状のものは放射能を減衰させる等の措置がとられるが,少量の放射性物質は液体あるいは気体状廃棄物として環境へ放出される。日本では,環境に放出される放射性物質による周辺公衆の被曝線量を実用可能な限り低く保つため,発電用軽水炉施設周辺公衆の線量目標値を年間5ミリレムと定めており,実際に日本にある20基以上の原子力発電所のすべてで放出実績はこの目標値を下まわっている。使用済燃料の再処理の段階では放射性物質が燃料要素から解放されるが,複雑な廃棄物処理により環境への放出を低いレベルに抑えている。廃棄物の貯蔵と処分あるいは放射性物質の輸送に伴っての環境放射線は,人体への被曝源としては無視できるレベルのものであると推定されている。
(3)人々が日常使用する物品の中にはX線を放出したり放射性核種を含んでいるものがあり,環境放射線源となっている。それらは放射性発光塗料いわゆる夜光塗料を用いた製品,テレビなど一部の電気装置,静電防止器,煙探知器,ウランやトリウムを含む陶磁器,ガラス,合金などである。226Raを用いた夜光腕時計を使用すると1年間数ミリラドの被曝となるが,近年ではこれら日用品への226Raの利用は禁止されている。またテレビのブラウン管などから出るX線もきわめて低いレベルとなっている。
なお,石炭火力発電によりあるいはリン酸肥料の使用により,そこに含まれる自然放射性核種が環境中に放出される。また,航空機の利用により宇宙線被曝が増大する。これらも含めて人間の環境放射線による被曝の状況は表のとおりである。
→核分裂生成物 →放射性降下物
環境放射線のうち自然放射線は人間が管理することが実際上不可能に近く,核実験の放射性降下物による放射線もこれに近い。これに対し原子力発電などの原子力平和利用に起因する放射線は管理の対象となりうる。放射線のレベルおよびそれによる被曝の管理を意識して環境の放射線を測定することを環境放射線モニタリングenvironmental radiation monitoringという。その目的は,原子力平和利用にかかわる環境放射線モニタリングを例にとれば,原子力施設周辺公衆の健康と安全を守るために環境における放射線量が公衆の個人に容認されている線量限度を十分下まわっていることを確認することである,といえる。核実験のときには同じ目的ながら被曝管理への反映を念頭においた環境放射線モニタリングが行われている。環境放射線モニタリングには実行上いくつかの方法がある。大別すれば空間放射線のモニタリングと環境試料中の放射能のモニタリングである。空間放射線モニタリングでは,電離箱などの連続モニターあるいは熱ルミネセンス線量計により空間のγ線,X線,中性子線などを測定する。原子力施設から環境中に放出された放射性物質はいろいろな経路を通して人間に摂取され被曝を与える。主としてこれを監視するのが環境試料測定によるモニタリングである。人間の被曝の観点で重要な核種や被曝経路を考慮し試料の選定を行う必要がある。通常は,農畜水産食品,陸水,大気中浮遊塵(じん),海水,土壌,海底土,指標生物などを測定する。原子力施設等では放射性物質の放出量を管理しているが,それと同時に環境放射線モニタリングを行い,その結果からその管理が正しく行われているかどうかをつねに監視している。
執筆者:稲葉 次郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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