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政治的ロマン主義 せいじてきロマンしゅぎpolitische Romantik

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

政治的ロマン主義
せいじてきロマンしゅぎ
politische Romantik

フランス革命ならびに啓蒙思想に対する反動として生じた思想。したがって反動的,復古的イデオロギーであるといえる。これは特にドイツの封建貴族出身の知識人たちの間に生じた思想であるが,同じ頃他の国々でも類似した思想が生れている。ドイツではノバーリス,F.シュレーゲル,A.ミュラー,C.ハラー,フランスでは F.シャトーブリアン,J.メーストル,L.ボナール,イギリスでは E.バーク,W.ワーズワス,S.コールリッジらが政治的ロマン主義者と呼ばれているが,この思想は理論ではなく心情であり,各思想家によって政治的志向がそれぞれに違っているため内容を明確に規定することは困難である。 1830年の七月革命を境として衰微していった。なお,C.シュミットは同名の著作 (1925) のなかで政治的ロマン主義の本質をオカジオナリスムス (偶因論 ) ,すなわち一切の原因との対応を欠いた浮動性にあるとし,いかなる思想とも合体しうるとの政治的受動性をきびしく批判している。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

政治的ロマン主義
せいじてきろまんしゅぎ
politische Romantikドイツ語

フランス革命から19世紀初頭にかけてヨーロッパでは、革命の混乱、流血、伝統社会の崩壊などに対する思想的批判が、革命のイデオロギーとみなされた啓蒙(けいもう)主義に対する批判として唱えられた。政治的ロマン主義とは、この批判者のうち、とくに自らロマン主義を称したドイツのシュレーゲル兄弟、ノバーリス、ミュラーなどの政治思想に対して、1910年前後から、マイネッケ、シュミットなどによってドイツで与えられた呼び名である。その特徴は、なによりも、政治思想を美学的なことばで語ることであった。啓蒙の冷たい合理主義に反対して生命感の充実、美しい教養ある人生、連帯した社会、国王と貴族を中心とする調和と秩序ある社会、国家と教会の結合などがその理想とされた。彼らはいずれも、急進思想から転向した保守主義者であり、イギリスの反革命主義者バークに私淑していた。しかし、彼らが多かれ少なかれ理想とした封建制やカトリシズムとは、かならずしも現実のものではなく、主観的意識のなかで美化された観念的なものであった。なお、政治的ロマン主義とは、主観的な生の充実だけを求める情熱であり、その条件さえ満たせばどのような政治的イデオロギーとも結び付くことができる道徳的無節操である、という、シュミットの有名な定義があるが、これは、反啓蒙、反合理主義という共通側面の過小評価である。[半澤孝麿]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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