教育産業(読み)きょういくさんぎょう

日本大百科全書(ニッポニカ) 「教育産業」の意味・わかりやすい解説

教育産業
きょういくさんぎょう

学校教育のほか、仕事や知的生活に役だつ各種の知識を供給する産業で、大別して、教育財産業と教育サービス産業がある。教育財産業には、視聴覚機器から文房具までの各種教具、機器の教材から出版・印刷物に至る多様な教材メーカーが含まれる。教育機器関連の市場規模は1980年度(昭和55)の推計で約2000億円で、78年度に始まった文部省(現文部科学省)の第二次教材整備十か年計画(総額4572億円、うち国庫負担2300億円)のほか、企業や家庭への教育機器の拡充が見込めたことから、家電・出版・事務用品メーカーの参入が相次いだ。1970~80年代には、ハード面ではカセットデッキカセットテープ、およびカラーテレビ、ビデオテープレコーダーVTR)の普及が教材ソフトの開発を促進したが、90年代にはこれにパーソナルコンピュータ(パソコン)とCD-ROM利用が加わり、教材の充実が図られた。また、インターネットの普及につれ、オンラインスクール(アメリカの半数の大学ですでに実施されている)が日本でも一部の各種学校で始まっている。2000年(平成12)以後はCD-ROMの約10倍の記憶容量をもつDVD(デジタル多用途ディスク)が中心となり、教育用パソコンソフトもDVD-ROMと書き込み可能なDVDメディアとの組合せによってさらに多様なソフトが開発可能となる。90年代を通じて、コンテンツ(情報の内容)を構成するメディアの売上げは年平均2700億円程度とみられる。

 政府は「ミレニアム・プロジェクト」として、2000年度予算の特別枠(情報通信・科学技術・環境等経済新生特別枠)を設け、これに2500億円が計上された。2005年度を目標に、すべての公立の小・中・高等学校において、
(1)各学級の授業においてコンピュータを活用できる環境の整備
(2)校内ネットワークLAN)機能の整備
(3)すべての公立学校教員(約90万人)への研修の実施
(4)学習資源を活用した学校教育用コンテンツの開発および普及
(5)教育ナショナルセンター機能の整備(インターネットに接続したときに最初に表示されるホームページ、ポータルサイトにかかわる研究開発)
が始まった。このプロジェクトによる教育財産業への波及効果はきわめて大きい。

 教育サービス産業には、幼稚園から専修学校・大学・大学院までの学校教育のほか、学校外教育として予備校学習塾・けいこ塾など進学関連教育(いわゆる「受験産業」)、看護・簿記・職業訓練・企業内教育などの職業教育、外国語・音楽・和洋裁・料理・いけ花など趣味的教育などがある。

 国民所得比6.1%、行政費比16.3%(1996年度)に及ぶ公財政支出が教育市場の基盤であるが、「学歴社会」を意識する国民の学校教育への期待と子供数の減少に伴う親の高等教育費負担能力の上昇が進学率を高めていること、さらに学習塾・家庭教師・学習参考書・ピアノ・そろばん塾などを中心とする学校外活動費の増大、レジャー支出に占める趣味・教養費の増加、企業教育の拡充などが教育産業の拡大を支えている。とくに、幼稚園・小学校・中学校・高等学校を通じて学校外活動費は、文部省の1996年度調査でも、小学生で1人当り年間20万9631円に達し、80年に4000億円前後に膨らんだ学習塾の市場規模はなお拡大をみせ、96年には1兆5000億円といわれている。大手企業がチェーン方式による学習塾経営を通じてカセット教材や学習教材の販路拡大に乗り出したほか、偏差値方式による業者テストも盛んである。また、大学の教育費は国公私立ともに高騰し、家計調査の教育費を100とした割合で、大学の教育費の割合は1970年の18.5%から98年には33.2%に増加した。同期間の補習教育費の割合は10.4%から22.3%に増加している。94年の大学生の教育費の消費支出に占める割合は、子供1人の場合で15.7%、子供2人で長子が大学生の場合で23.5%に及んでいる。

 「少子化」の進行とともに、幼稚園から各種学校までの在学者数は、1983年の2783万人をピークに減少の一途で、日本の教育産業をリードしてきた補習進学教育産業の需要縮小につながっただけでなく、18歳人口の91年の207万人から99年の153万人への急激な減少は、とくに私立大学の経営に深刻な影響を与えている。

 この間、企業社会を中心に資格や実力を評価する傾向が定着し、生涯教育・生涯学習の必要度が高まってきた。1990年代を通じて、学校教育を含め市場規模が年間40兆円にのぼるとされる教育産業は、社会人を対象とする生涯学習へのシフトを急いでいる。社員に高度な専門性を要求するようになった企業では、社員の資格取得を奨励するようになり、社会人の専修学校、夜間大学院などへの就学者が増加している。企業の社員教育のニーズが、従来の新人・女子社員を中心としたものから、管理職、幹部候補生、経営層など経営の中枢に位置する人にまで及んできているからである。

 ネットワークを活用する教育は、すでに放送大学や大手予備校の衛星システムによる大学受験講座で行われている。これに対し、社会人教育の拡大を目ざす大学では、インターネットを活用して、大学院レベルの講座を企業向けに配信する動きがみられる。こうしたネット教育が本格化すれば、ネット周辺機器への大型の需要が見込まれるほか、大学による社会人教育が、書籍販売、オンライン証券、ネット銀行決済などと並んで、ネットビジネスの大きな柱として新市場を生み出すこととなる。ネット教育の市場規模は2000年現在で約300億円といわれているが、2010年には1兆円になるとも予測されている。

[殿村晋一]

『中山裕登著『教育産業』(1980・東洋経済新報社)』『『教育産業に関する調査報告書』(1994・東京都生活文化局価格流通部)』

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改訂新版 世界大百科事典 「教育産業」の意味・わかりやすい解説

教育産業 (きょういくさんぎょう)

教育産業とは,単に学校教育に関するものだけではなく,仕事や知的生活に役立つ各種の知識を供給する産業をいう。教育の近代化を進める教育機器産業に限定する場合もあれば,教科書,学習参考書などの教育出版,各種の教材・教具メーカーや,各種学校,学習塾などを含んだ産業という広いとらえ方をする場合もある。ここでは,教育産業を教育サービスの提供と教育機材の提供の2分野に分ける。さらに教育サービスは,幼稚園から高等教育を教授する大学・大学院までの学校教育,看護師,簿記,自動車整備士などの職業訓練および企業内教育の職業教育,外国語,和洋裁,料理,いけばな,お茶,踊など職業教育的なものから教養・娯楽的なものまで幅広い趣味的教育の三つに分類できる。また教育機材は,文房具から視聴覚機器,採点機,電子複写機に至る教具と,教具のいわばソフトウェアとなる機器の教材から出版・印刷物までの教材の二つに分類できる。

 近年,教育産業が著しい発展を遂げたのは,学歴社会を背景にした教育熱心な国民性や,核家族化が進んだことで親の高等教育費負担能力が高まったこと,余暇時間の増加を背景に教育のレジャー化が進展したこと,などによる。こうした傾向はしばらく続きそうなので,今後も教育産業は当分成長すると考えられる。ただし,元手のさほど要らない学習塾などでは,大手企業が塾の経営にのり出しており,競争が激化している。文化放送(1976開設)や学習研究社(1980開設)のように,チェーン方式の塾経営を行っているところもあるが,こうしたチェーン方式の導入により,教材や教育機器などのコストの低減が進む。教育産業は,これから本格的成長期を迎え,教師の人件費を吸収するための機械や合理的教育法といったハード,ソフト両面における技術革新が起こると予想される。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「教育産業」の意味・わかりやすい解説

教育産業
きょういくさんぎょう
education industry

狭義には学校教育サービスおよびそこで使用される各種機器・教材の製造・販売を行う産業であるが,広義には学習塾やカルチャー教育などの生涯教育サービスとそこで利用される各種の装置,機器,教材のそれまで含まれる。代表的な製品としては語学演習装置,視聴覚装置,CAI (computer-assisted-instruction) ,TM (teaching machine) などがある。産業的には教育サービスを中心に,それを支える各種の関連産業から構成され,所得水準の向上につれて発展してきた。また,教育関連機器の開発は電機産業と出版産業との提携などが行われた 1960年代後半から活発になった。

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