改訂新版 世界大百科事典 「散り行く花」の意味・わかりやすい解説
散り行く花 (ちりゆくはな)
Broken Blossoms
1919年製作のアメリカ映画。〈映画が初めて描いた本物の悲劇〉〈映画における初めての高貴にして偉大なメロドラマ〉と評され,《国民の創生》(1915),《イントレランス》(1916)に次ぐD.W.グリフィス監督の〈第三の傑作〉ともいわれる作品。グリフィスがチャールズ・チャップリン,ダグラス・フェアバンクス,メリー・ピックフォードとともに1919年に創立した配給会社ユナイテッド・アーチスツの第1回配給作品として製作したもので,ピックフォードのすすめでイギリスの作家トマス・バークの短編小説集《ライムハウスの夜》(1916)の中の1編《シナ人と子供》をみずから脚色し,19世紀ロンドン東部の貧民街を舞台に,理想を夢みる中国人の青年と,ボクサーの父に虐待される少女とのロマンスを描いた(バークの原作は探偵小説作家エラリー・クイーンにより,E.A. ポーに始まる探偵小説史上重要な短編のアンソロジー《クイーンの定員》にも収録された〈巧妙な殺人物語〉(クイーン)であるが,グリフィスはその猟奇的な落ちを捨てた)。
ドイツから表現主義の映画《カリガリ博士》(1919)が輸入されて,〈映画芸術(フィルム・アート)〉ということばが新しくアメリカ語になったころで,〈ソフトフォーカスのリリシズム〉と〈クローズアップの多用を控えた抑制の利いた編集〉にはグリフィスが〈芸術〉を意図した跡が見られ,〈ディケンズがカメラで語ったようだ〉とも〈グリフィスは絶叫することばかりでなくささやきかけることにかけても達人であることを証明した〉とも評された。
薄幸のヒロインを演じたリリアン・ギッシュは,1912年にグリフィス作品《見えざる敵》でデビュー以来,いわばグリフィスの子飼いのスターであったが,この映画で初めて対等の協力者として自分の解釈に基づく演技を許されたという。不幸な境遇のため笑顔を忘れたヒロインが,父親に〈笑え〉と脅かされて指で唇に微笑のかたちをつくるシーンは,悲哀にみちた名場面として知られるが,〈笑わぬ喜劇王〉としてその無表情ぶりで有名なバスター・キートンは,《キートン西部成金》(1925)でそのパロディを演じた。36年にイギリスでリメークされる際,グリフィスは製作監修者として招かれたが撮影開始前に辞任している。
執筆者:柏倉 昌美+広岡 勉
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報