翻訳|culture hero
人間社会にさまざまの文化要素や社会的諸制度をもたらした存在をいい,とくに神話学上この語が用いられることが多い。文化英雄は,至高神や創造神と異なり,既存の世界を前提として,新しい文化要素の発明・発見を行うが,その創造行為は全面的なものでなく,特定の範囲に限定される。日本神話では,大国主神が文化英雄の性格を持つ。彼は,医薬を発明し,虫害・鳥獣の害を除去する法を定めたと伝えられる。農耕や医薬,占い,法などを発明した神農(しんのう)や,書契の法を考案し婚姻の礼を定め,漁猟や祭器を教えた伏羲(ふくぎ)なども,中国神話における文化英雄である。ギリシア神話のプロメテウスも,文化英雄の典型である。彼は,神に反抗し,神を欺いて人類のもとに火や穀物をもたらした。プロメテウスはまた,性格や行動などにおいて善悪二面性を持つ存在であり,トリックスターの様相を示している。プロメテウスに限らず,文化英雄はしばしばトリックスターと重なり合う。北米インディアンの神話のトリックスターは,一方で善なる存在である文化英雄として登場する。カリフォルニアから大平原にかけて,コヨーテがこのような存在として広く語られてきた。アフリカにおける文化英雄は,部族の始祖と同一の場合があるが,またトリックスターの様相を持ち,クモ,カメ,ノウサギなどの動物が主人公となる例がある。知恵を独占しようとして失敗し,結果的に知恵が世界中に飛散したという西アフリカのクモの話のように,往々にしてトリックスターは,意図せずにした行為の結果,人間社会に貢献する。文化英雄とトリックスターのつながりは,神話の構造における両者の位置による。文化英雄は,人間社会に見知らぬもの,欠けているものを,人間外の領域からもたらす存在であり,トリックスターと同様に媒介者の役割を持つ両義的存在である。西アフリカの神話で鍛冶屋が火や穀物をもたらした文化英雄として伝わるのは,現実の社会における鍛冶屋の両義的地位に対応する。
→トリックスター
執筆者:田村 克己
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
神話のなかで、人類に役だつ、あるいは有意義な発明・発見をもたらし、世界の文化的秩序の設定に寄与する存在をよぶ神話学上の用語。文化英雄は、至高神や創造神とは異なり、既存の世界のうえで、特定の文化要素の創造や秩序の設定を行う存在で、人の形だけでなく、動物の姿をとることも多い。民族の始祖としての性格をもつことがある。代表的なものにギリシア神話のプロメテウスがある。彼は、天神の意志に逆らい、天神を欺いて、火や穀物の恩恵を人間にもたらした。しかし結果において病気や災厄も導入されたように、その働きは両義的である。両義性は、神と人との中間の位置を占める文化英雄自身の性格でもあり、このことは、彼が、神話の構造上、媒介者の機能をもつことを意味する。それゆえ文化英雄は、しばしばトリックスターとしても登場する。北米先住民の神話では、コヨーテなどの動物が文化英雄=トリックスターであり、創造神の仕事を手伝ってそれを完成させるとともに、しばしばいたずらや反社会的行動を行い、秩序の破壊や創造のじゃまをする。
穀物盗みをモチーフとするプロメテウス型の神話が穀物栽培民文化を背景とするのに対し、イモ類栽培民の間におもにみられるのはハイヌウェレ型神話である。この話では、神話の時代の終わりに活躍する神的存在が、殺され、自らの死体から作物や火などの人間に有用なものをもたらすことで、文化英雄の性格を帯びている。
[田村克己]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…そのような登場人物をトリックスターという。トリックスターは,策略を用いる狡猾さ・賢さを賞賛される一方,欲望を制御できずに失敗する愚かさ・滑稽さを笑われる者であり,また人間に火や文明をもたらす文化英雄的な神であると同時に,単なるいたずら好きの反社会的な破壊者でもある。そこでは,善なる文化英雄と悪しき破壊者,あるいは賢者と愚者という,法や秩序からみれば一貫性を欠いた矛盾する役割が,一主人公の属性として語られる。…
…このときから人々は,これらの木や石から火を得ることができるようになったという。 ギリシア神話では,人間に火を与えたプロメテウスはまた,家や船や牧畜から文字や数などまで,あらゆる文化を人間に教えたとも言われる文化英雄で,火と結びつきの深い鍛冶神のヘファイストスは,同時にあらゆる技術の神でもあった。このように火と技術や文化を結びつける観念も,当然のことだが,世界中の神話に共通して見いだされる。…
※「文化英雄」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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