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日米繊維交渉

朝日新聞掲載「キーワード」の解説

日米繊維交渉

繊維の輸出規制と沖縄返還を絡めた交渉は「糸(繊維)と縄(沖縄返還)の取引」とも言われる。佐藤栄作首相は69年の首脳会談で、沖縄返還の約束を取り付けるとともにニクソン大統領に輸出を規制すると伝えた。だが、両国の溝は大きくいったん交渉は決裂。71年の沖縄返還協定調印後、日本が規制と引き換えに繊維業界に補償することを決め、72年1月、合意に至った。

(2014-07-24 朝日新聞 夕刊 1総合)

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世界大百科事典 第2版の解説

にちべいせんいこうしょう【日米繊維交渉】

この言葉は,日本の毛・化合繊製品の対米輸出規制をめぐる1969‐71年にわたる日米交渉を特定して使われる場合が多い。それ以前の綿製品の対米輸出規制をめぐる交渉が,長引いても数ヵ月以内に事務レベルで決着していたのに比べ,このときの毛・化合繊製品をめぐる交渉は政治問題化して2年半も紛糾し,第2次大戦後の日米関係における最悪の危機的状態をもたらしたといわれている。この問題は1968年のアメリカ共和党の大統領候補ニクソンの選挙公約に端を発し,69年春,ニクソン新政権下に出された日本に対する厳しい自主規制要求に始まる。

出典 株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について 情報

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