明るさの知覚(読み)あかるさのちかく(英語表記)brightness perception

最新 心理学事典 「明るさの知覚」の解説

あかるさのちかく
明るさの知覚
brightness perception

明るさの知覚とは,眼に入力される光信号から発信源の光の強度情報を復元する機能をいう。明るさの知覚に対応する測光量として,一般に輝度luminance(単位はcd/㎡またはL;1L=cd/㎡)が用いられている。以下では知覚された明るさに対して「明るさ」を用い,刺激の強度に対しては輝度を用いる。輝度のほかには瞳孔面積を考慮した網膜照度retinal illuminanceが使われることがある。

【輝度と明るさの関係】 輝度と明るさの関係は,スティーブンス法則Stevens' law(スティーブンスのベキ法則Stevens' power law)にまとめられている。輝度を,明るさの判断値をψとすると,ψ=kLbは定数,指数)の関係が成立する。指数の値は,暗順応下の視角5°の刺激で0.33,閃光では0.5と条件に依存するが,ほぼ0.3から0.5の範囲で変化する。明るさと輝度の関係は光覚閾付近とそれ以外では異なり,光覚閾(0)から大きく離れた輝度水準では,両対数グラフで表わすと直線となる。そのため,光覚閾light thresholdを要因に入れると,ψ=k0bとなる。指数順応水準とともに増大する傾向がある。光覚閾とは,光覚が生じるために必要な最小の光量を指す。光覚閾には,強度のほかに持続時間,広がりなどが影響する。

1.時間要因 呈示時間約100ms(ミリ秒)まではブロックの法則Block's lawが成り立つ。これは,光覚が生じるために必要な最小の光量は,その光の強度()と持続時間()が変化しても一定である(It=一定)という法則である。このように短時間では,時間的加重temporal summationが成立する。すなわち強度が弱くても,呈示時間がカバーする。しかし,閾上の時間的加重の効果はわずかである。閾上では,ある輝度範囲において,短時間(30~300ms)呈示される刺激光の明るさが定常光より明るく見え現象がある。これはブローカ-スルツァ効果Broca-Sulzer effectとして知られる。点滅光が融合した場合の明るさは,点滅光の輝度を時間上で平均したときの定常光の明るさに等しく見える。これは,タルボー-プラトーの法則Talbo-Plateau's lawである。しかし,臨界融合頻度CFF)以下の点滅光では定常光より明るく見えることがある。これが,ブリュッケ-バートリー効果Brücke-Bartley effectである。

2.空間要因 光の強度と光が投射される網膜面積の関係は,面積が視覚1°四方以内では,光を知覚するために必要な最小の光量は,その光の強度()と面積()が変化しても一定である(IA=一定)というリッコの法則Ricco's lawが成り立つ。それ以上の広さではパイパーの法則Piper's lawが成り立つ。閾上の輝度において明るさに影響する空間加重は明確ではないが,低輝度(10mL以下)で小面積(約0.5°四方)では空間加重が生じる。ある輝度水準(10mL)を超えると空間加重は生じず,さらに輝度が上昇すると(100mL)逆に面積の増大は明るさの低下をもたらす。

【明るさの誘導効果brightness induction】 輝度は見えの明るさに近い測光量であるが,対象の見えの明るさは,いつも輝度だけで決まるわけではない。物理的には同じ輝度の表面でも,諸種の空間的要因によって見えの明るさは異なる。それらの現象には,網膜の神経細胞の活動を直接反映するものと,高次の神経過程を反映するものがある。以下にその例として,マッハの帯(マッハバンド)Mach bandとクレイク-オブライエン錯視Craik-O'Brien illusion(あるいはクレイク-オブライエン-コーンスウィート錯視Craik-O'Brien-Cornsweet illusion)を説明する。

 4ページ図1の上の図のような左側に低輝度面(黒い面),中央は左から右に行くにつれて輝度が上昇する面,右側に高輝度面が配置された面を観察すると,面の明るさ(明度)は下の図にある輝度プロフィール(概略)の実線のようには見えない。低輝度面から輝度が上昇する面の境界の左側に暗い帯が見え,さらに右側高輝度面に移るところで明るい帯が見える(下にある破線に対応)。これがマッハの帯である。マッハの帯は網膜神経節細胞受容野の特性(図1のBとCの二つの同心円が,それを模している)から説明される。網膜神経節細胞は,網膜上に光信号を受容する領域,すなわち受容野をもつ。代表的な受容野が,オン中心オフ周辺受容野である。この受容野をもつ神経節細胞は,受容野の中心付近に光が当たると活動が高まり,周辺付近に光が当たると抑制される。図の+,-はそれを意味する。活動が高まるということは,より「明るい」という知覚を引き起こす。図のBの受容野をもつ神経節細胞は,一部分に少し光が当たるので,Aの受容野をもつ神経節細胞(-の部分に光が当たらない)より抑制が強い。したがって,Aの部分より「暗い」という知覚を引き起こす。一方,Cの受容野をもつ神経節細胞は,Dの受容野をもつ神経節細胞に比べて,-の部位分に当たる光の量が少なく,その分,抑制が弱い。したがって,Cの受容野をもつ神経節細胞は,Dの受容野をもつ神経節細胞より活動性が高く,より「明るい」という知覚を引き起こす。

 マッハの帯は局所的な明るさの錯視であるが,クレイク-オブライエン錯視では見えの明るさが広範囲にわたって変化する。輪郭線の所で輝度が急激に変化する側と緩やかに変化する側の輝度プロフィールをもつパターン(図2の左)を観察すると,狭い縞全体が比較的均一に暗く,あるいは明るく見える。この現象がクレイク-オブライエン錯視である。二つの境界間の充塡filling inのような高次の視覚情報処理が関与していると考えられている。

【明るさの恒常性brightness constancy】 表面の明るさは,照明の変化にもかかわらず恒常を保つ傾向がある。これを明るさの恒常性(あるいは明度の恒常性lightness constancy)という。たとえば,明るい太陽のもとで見る石炭は多くの光を反射するが黒く見え,暗い室内で見る白紙はわずかの光しか反射しないが白く見える。明るさの恒常性と同様のメカニズムが働いて生じた錯覚がある(図3)。図中のa1,a2,b1,b2はすべて等輝度である。右図のb1とb2は同じ明るさに見えるが,左図のa1とa2を比較すると,a1はa2より暗く見える。上からの照明を仮定すれば,a2が立体図形の中で陰になる部位に属して見え,a1はより多く光が当たる(したがってより多く光を反射する)面に属して見えるためである。

 しかし,明るさの恒常性が成立しない事態もよく知られている。たとえば,月は天に明るく輝いて見える。実際には月は太陽光を反射しているのだが,夜は太陽が見えないので,月は自分で光を放出して輝いているように見える。この現象を実験室内で再現したものがゲルプGelb,A.の実験(1929)である。暗い部屋の中で,黒い円板を呈示して観察者から見えない照明によってこの黒い円板だけを照らすと,円板は白く輝いて見えた。次に,白い正方形の小紙片を円板の前,円板を照らす光の中に呈示すると,円板は突然黒く見え,正方形は白く見えた。さらにこの白い紙片を取り除くと,円板は再び白く輝いて見えた。この現象はゲルプ効果Gelb effectとよばれる。 →恒常現象 →視覚
〔阿久津 洋巳〕

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