冬の低温などを経過しないと出穂(抽だい)・結実しない秋まきの植物の性質を完全に消去して,春まきの性質に転化させる人為的な処理。また,このように秋まきの性質が春まきの性質に転化する現象を春化という。春にまくと出穂しない秋まき栽培用のコムギを,わずかに芽を出させた後ある期間低温にあわせれば,春にまいても春まき栽培用のコムギと同様に出穂・結実する。この現象は,ソ連のT.D.ルイセンコがとりまとめ1929年に発表して以来,春化を意味するロシア語のヤロビザーツィヤyarovizatsiyaとともに,世に広く知られるようになった。その後,この春化の理論を応用し,作物の芽や種子を温度処理することによって開花・結実をはやめたり,あるいは増収をはかる試みなどが行われてきた。第2次大戦後の日本の一部で流行したヤロビ農法もその一つといえるが,増収面での有効性については,国際的にも疑問視されている。
春化処理の効果は植物のエージ(齢)や植物の種類によって異なっていて,種子で春化が進行するものと,発芽して一定の大きさの苗にならないと春化が進行しないものとがある。前者を種子春化,後者を緑体春化といって区別し,ムギ類,エンドウ,ダイコン,カブ,ハクサイなどは前者に,タマネギ,セロリ,ニンジン,ゴボウ,ストックなどは後者に属する。種子春化の場合でも種子を水に浸漬した直後では低温に感応せず,水分を吸収した種子に呼吸などの生理的変化が起きてはじめて低温に感応するようになる。芽が活動していない完熟した乾燥種子では低温の効果はないが,親植物の上で登熟中のコムギ,オオムギ,ソラマメ,エンドウ,ダイコンなどの種子では低温に感応する。
以上のように低温によって植物の出穂(抽だい)・開花が促進されるほかに,幼植物を短日処理(一日の日長時間を遮光によって短くすること)することによって同様な促進がみられることがあり,前者の低温春化に対して後者を短日春化と呼んでいる。
種子春化には種子の吸水が前提となる。種子生重の65%以上の含水量があるときに最大の春化効果があり,それ以下では劣る。しかし普通,種子に対して春化処理を行う場合には,催芽種子を低温下で一定の期間を経過させるので水分は40~50%程度にして芽の伸長を抑制するとよい。種子の春化に必要な温度や処理期間は植物の種類や品種によって定まっている。たとえば,秋まき性のライムギでは最適温度は1~7℃の範囲にあり,-6℃以下あるいは15℃以上ではまったく効果はない。この場合,温度の影響を直接受けるのは胚であって,胚が低温に感応して春化されるには胚乳からの養分の供給が必要である。一般に胚乳を分離した胚は低温に感応しないが,炭水化物とくに果糖・蔗糖・ブドウ糖などを供与すると効果があり,デンプンでは効果はない。春化処理の日数は処理温度や植物の種類によって異なるが,秋まき性が高いものは長く,低いものは短いが,多くは10~60日の範囲内である。
緑体春化で効果があらわれる温度は春まき性が中程度のコムギでは4~8℃である。コムギが低温に感応して緑体春化される程度は幼植物の時代が最も著しく,発育が進み,茎数が多くなるにしたがって低くなる。緑体春化では肥料条件や光条件によって低温の効果が異なり,0℃のような低温でも無窒素条件では効果が劣る。発芽まもない植物体で胚乳養分が残っている場合には,光の有無による低温の効果に差はないが,胚乳養分が使いつくされた植物体では,暗黒下での低温の効果は著しく劣る。暗黒下でも光合成産物の一つである蔗糖を光のかわりに与えると効果が増大するので,光は同化産物の供給を通じて影響すると考えられ,コムギの緑体春化にとって光は欠くことのできない条件である。
オオムギの幼植物を短日処理して出穂の遅速をみると,処理時の温度が高いほど短日の効果が大きく,約20℃の温度条件下で短日処理の効果は最も大きくて出穂が速い。低温で春化処理している途中で高温条件を与えると著しく春化が阻害されるのに比べて,短日春化の効果は高温によってあまり影響されない。しかし,短日処理期間中に長日処理を挿入すると,オオムギでは短日処理の効果は減殺されることがしられている。日本のオオムギとコムギの短日春化性についてみると,オオムギには短日に感応して幼穂分化が促進される品種が多く,とくに裸麦に感応の高い品種がみられるが,コムギではその数は少ない。
低温に感応する部位は種子・緑体春化のいずれの場合でも,植物体の生長点付近の組織である。また,短日春化の場合には短日条件を感受するのは葉であり,葉で生成された何らかの物質的変化が生長点へ伝わり,低温春化の場合と同様にその効果は生長点組織に保持される。春化に際しての植物体内の物質的変化については,古くから花芽形成を誘導する花成物質を抽出しようとする試みがなされている。低温処理した秋まき性ライムギから抽出した物質がコムギの出穂を促進し,その物質がウリジル酸に近い物質であることが確かめられている。この結果,植物体内での核酸代謝とタンパク質代謝が春化に重要な役割を果たしていると考えられるようになっている。
執筆者:川口 数美
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…1938年にソ連農業科学アカデミー総裁となる。植物の生長期には温度を必要とする段階と光を必要とする段階があるという発育段階説を提唱,それを利用したバーナリゼーション(春化処理)なる栽培法を実施(1929)。また生物の遺伝性は環境との関連で存在するとして遺伝子を中心におくメンデリズムを批判,いわゆるルイセンコ学説を展開,科学界のみでなく政治の世界をもまきこんだルイセンコ論争の主役となった。…
※「春化処理」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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