I.P.パブロフによって研究,発見された学習現象の一種で,学習の最も基本的な型をなすと考えられている。パブロフの条件反射は生理学の領域から出発したが,それは諸方面,とくに心理学に大きな影響を与えた。現在,心理学では,生理学的単位としての反射にとどまらず,生活体の諸反応を含む行動を取り扱うこともあって,条件反射の代りに,より広義の条件反応conditioned responseということばが用いられる。
唾液条件反射はパブロフによって始められ,最もよく知られたもので,イヌにベル音を鳴らしたあとで,食餌を与えることを繰り返すと,ベル音を鳴らしただけで唾液が分泌されるようになる。防御条件反射では,ベル音を鳴らして足の皮膚に電撃を与えることを繰り返すと,ベル音を鳴らしただけで屈曲反射が起こり,電撃を避けるようになる。このときベル音を条件刺激conditioned stimulus(略称CS)といい,食餌や電撃を無条件刺激unconditioned stimulus(略称US)という。また条件刺激によってひき起こされる反応を条件反射conditioned reflex(略称CR),無条件刺激でひき起こされる反応を無条件反射unconditioned reflex(略称UR)という。条件刺激と無条件刺激を組み合わせて与える操作を強化reinforcementという。
条件反射は次のような性質をもっている。(1)条件反射が形成された動物で,無条件刺激なしで条件刺激のみを繰り返すと,条件反射は弱くなり消失する。これを消去extinctionという。多くの場合,時間がたつと条件反射は自然に回復する。(2)条件反射をひき起こすためには,条件刺激(CS)が無条件刺激(US)に先行することが必要とされる。(3)CS1が条件刺激になっているとき,これとよく似たCS2が条件反射をひき起こす場合,これを汎化generalizationという。(4)CS1とCS2がともに条件反射をひき起こすことができるとき,CS1を強化し,CS2を強化しない操作を続けると,CS1によってのみ条件反射が起こるようになる。これを分化differentiationという。(5)分化,消去によってCSとして作用を失った刺激は無効になったのではなく,これを他の有効なCSと組み合わせて与えると,この効果を抑制(制止)する作用をもつ。これを内抑制internal inhibitionという。これに対して,動物の病的状態や情動興奮の状態では,分化,消去の操作を受けていないCSも,その効果が突然減弱することがある。これを外抑制external inhibitionという。
条件反射(条件反応)の際,脳の中で何が起こっているのか,という条件反射の神経機構の研究では,まず行動学的なアプローチによって現象面が整理され,ついで脳の各部分を破壊して学習の座の研究が行われた。また,脳波や誘発電位を用いて,脳の電気活動との関連が追求されるようになった。1950年代の後半には,新しい方法として,無麻酔で行動している動物からニューロン活動を記録する方法が用いられるようになった。ジャスパーH.H.Jasperらは,無麻酔サルを首かせのついた椅子に座らせ,あらかじめ頭に固定したマニピュレーターで大脳皮質からニューロン活動を記録できるようにしたうえで,光を条件刺激とし,前腕の皮膚の電気ショックによる前腕の屈曲を無条件反射として条件反射を形成し,その過程での大脳のニューロン活動を記録した(1958)。この逃避条件反射時に,大脳運動野のニューロンの放電数は増加もしくは減少することが見いだされた。
条件反射の潜時が比較的短く,それに関係した神経回路が比較的単純なものと予想される例として,ネコの瞬目反射を音で条件づけたウッディC.D.Woodyらの研究がある。ネコの眉間(みけん)を機械的に刺激すると,眼輪筋が収縮して眼瞼を閉じる反射が起こる。これを無条件刺激とし,音(クリック音)を条件刺激として,音と眉間の機械的刺激とを組み合わせて刺激を繰り返すと,音だけで眼輪筋が収縮するようになる。このとき,音を与えて眼輪筋に活動電位(筋電図)が発生するまでの潜時latent timeは20msであり,眼輪筋を支配する顔面神経核の運動ニューロンに活動電位が発生するまでの潜時は17msである。このとき大脳の運動野を切除すると,この条件反射は消失するから,大脳の運動野がこの条件反射に関与していることがわかる。この大脳運動野でニューロン活動の記録を行うと,音より13msの潜時でニューロンの放電が起こる。すなわち,顔面神経の運動ニューロンの活動より4ms先行して,大脳皮質運動野のニューロンの放電が起こる。大脳皮質運動野の出力細胞が介在ニューロン一つを介して顔面神経運動ニューロンに接続しているとすれば,この4msの時間は説明できる。このような瞬目反射の条件反射は,音を条件刺激とする代りに,大脳皮質運動野に微小電流を加える電気刺激でも形成される。
19世紀の終りころパブロフがペテルブルグ実験医学研究所の研究室で消化生理に関する研究を行っていたころ,実験室のイヌが食物を見ただけで唾液分泌を起こすことを観察して,唾液腺という一見あまり重要でない器官の活動にさえ,いわゆる精神的刺激が影響を及ぼしていることについて考えるところがあった。彼は考え悩んだ結果,いわゆる精神的刺激なるものを純粋に生理学的に扱おうと決心した。そこに見いだされる法則性はより高次の精神活動を科学的に解く鍵になると考えたのである。パブロフは1904年にノーベル生理・医学賞を受けたが,その受賞の理由が,彼の最も大きな業績である条件反射の創始に対してではなく,消化の生理学的研究に対してであったのは興味深い。
条件反射の創始がもたらした意義は,第1に,われわれの学習,適応行動を科学的に研究する方法論を与えたことである。第2に,それが対象とするいわゆる精神現象といわれるものにも,原因-結果の因果律が支配することを示したことであり,このような因果関係をよりどころに,精神の過程を科学的に研究できる糸口を与えたことである。
パブロフ以後,その研究はパブロフ学派に受け継がれた。弟子の一人であるポーランドのコノルスキJ.Konorskiは,条件反射学の体系の中にニューロン生理学の知見を導入することに努めたが,それに基づいた重要な知見を加えたわけではなく,むしろ,それは今後の課題として残されている。
→条件づけ
執筆者:塚原 仲晃
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生まれつき備わっている反射に対して、後天的に獲得する反射をいう。条件反射は、ロシアの生理学者パブロフが大脳生理学の研究手段として開発したものである。イヌに食物を与えると唾液(だえき)の分泌がおこるが、このような反射は生まれつきのものであり、「無条件反射」とよばれる。一方、イヌに一定の音を聞かせながら食物を与えることを繰り返すと、音を聞かせただけで唾液が分泌されるようになる。本来、音と唾液の分泌とは無関係なものであるが、音を聞かせることによって唾液が分泌されるという新しい反射が形成されたわけであり、これを「条件反射」という。この場合、音を「条件刺激」とよび、食物のような無条件反射の原因となるものを「無条件刺激」という。また、条件刺激によって反射がおこるようにすることを「条件づけ」といい、この例のように、与えられた刺激に対して受動的な条件反射が形成される場合を「古典的条件づけ」という。以上がパブロフの条件反射であるが、これに対して、アメリカの心理学者スキナーは、ネズミがレバーを押した場合にのみ餌(えさ)を与えるようにすると、レバーを押して餌を手に入れることを習得することに着目した。このように、積極的に環境条件に対応するようになる場合を、「古典的条件づけ」に対して「道具的条件づけ」または「オペラント条件づけ」という。
[鳥居鎮夫]
(1)汎化(はんか) ある条件刺激(たとえば1000ヘルツの音)に対して条件反射が形成されると、それに類似した刺激(たとえば800ヘルツの音)に対しても反応をおこすようになる。この現象を汎化という。(2)分化 1000ヘルツの音を聞かせたときは餌を与え、500ヘルツの音を聞かせたときは餌を与えないという操作を繰り返すと、前者の音を聞くと唾液は分泌されるが、後者の音では唾液が分泌されないようになる。この現象を分化という。(3)制止 条件刺激と同時に、突然他の強い刺激を与えると条件反射がおこらなくなる。これを外制止という。また条件反射を抑制する過程が動物の脳の中で自然に形成されていく場合がある。これを内制止という。たとえば、条件刺激とともに無条件刺激を同時に与えて(これを強化という)、条件反射を形成したあと、強化せずに条件刺激のみを引き続き繰り返すと、条件反射がおこらなくなる。これを消去という。しかし、この場合はかなりの時間を経てふたたび条件刺激を与えると条件反射がおこることから、短時間に繰り返された条件刺激が一時的に内制止を引き起こしたと考えられる。また、条件刺激と無条件刺激との間に時間を置くと条件反射の潜時が延びる。これを延滞条件反射という。潜時中は強い内制止が発生し、それが高度になると睡眠がおこる。
[鳥居鎮夫]
パブロフは、条件反射は大脳皮質に新しい結合が成立することによって形成されると考えた。たとえば、イヌに食物を与えるたびに電灯をつけると、電灯をつけるだけで食物を与えなくても唾液分泌がおこるが、この場合の条件反射の形成過程は次のように模式化できる。電灯は目に作用し、大脳皮質後頭葉の視覚中枢を興奮させる。他方、餌は舌に作用して脳幹の唾液分泌の中枢を興奮させて、唾液腺(せん)へ指令を送ると同時に、大脳皮質の味覚中枢をも興奮させる。これらの過程が同時に繰り返しおこっていると、大脳皮質の視覚中枢と味覚中枢との間に新しい結合が成立することとなる。つまり、電灯の作用は大脳皮質の視覚中枢から味覚中枢を経由して、脳幹の唾液分泌中枢に伝えられ、そこから無条件反射の場合と同じような指令が唾液腺に行くようになるというわけである。このようなメカニズムは、大脳皮質ばかりでなく、大脳の各部分の間に必要に応じて生ずることは、日常の経験からも推察しうることである。こうした大脳の機能は固定されたものではなく、変化しうるものであり、これを可塑性とよんでいる。条件反射の研究はこの可塑性に関する法則を追究するものであるといえよう。
パブロフは条件反射を第一および第二信号系に分け、動物にみられる直接経験による条件反射を第一信号系、直接に経験しないことでもことばによって間接的に学習する言語条件反射を第二信号系とよんだ。ヒトは第二信号系を用いることによって、個人が獲得した経験を他人に伝えることができるわけである。映画、演劇、文学作品などは第二信号系によって情緒反応をおこし、感銘を与えるということができる。
[鳥居鎮夫]
イヌに条件刺激として円を見せたときに餌を与え、楕円(だえん)を見せたときは餌を与えないように訓練し、しだいに楕円を円に近づけていくと、やがて円と楕円の区別ができなくなり、混乱がおこる。イヌの行動は突然変化し、円を見せても楕円を見せても唾液を流して刺激から逃れようとするため、それ以上の実験はできなくなる。このような状態を実験神経症といい、興奮と抑制の神経過程の衝突によって引き起こされるものである。
[鳥居鎮夫]
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…また,この型の学習では2種の刺激の組合せ(連合)が重要であり,連合学習associative learningという。この学習のモデルとして,I.P.パブロフの条件反射を原型とする古典的条件づけと,E.L.ソーンダイクの道具的条件づけがある。これらはともに二つの過程の連合が重要で,古典的条件づけでは2種の刺激の連合が,道具的条件づけでは動物の反応とそれを基準とした強化刺激の連合が重要となる。…
…この間,血液循環の生理についての研究が中心であったが,消化の生理学的研究に移り,消化腺の研究や膵臓分泌神経の発見(1888)などの業績をあげた。95年,軍医学校の生理学教授となり,大脳や高次神経の研究に着手し,1902年からは条件反射についての研究を行い,有名なイヌを使った条件反射の実験を行った。パブロフの基本的な態度は,精神現象を生理学的な法則で統一しようというものであり,その意味でワトソンらの行動主義心理学に大きな影響を与えた。…
…今日知られているような〈反射弓〉を介して行われる反射の生理学の全容が解明されるにあたっては,シェリントンCharles Scott Sherrington(1857‐1952)およびその学派の功績に負うところが大きい。 反射には経験や学習によって後天的に形成される条件反射と生得的な無条件反射がある。ふつう反射という場合には,このうちの無条件反射のみをさすことが多い。…
※「条件反射」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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