森林および林業に関する技術および経済政策についての学問。すなわち森林に関する応用学であって,森林を造成することから始まって,その生産物の利用にまで及ぶ。日本では,1937,38年ごろから森林より収穫したものを利用する技術が進み,これに関係した諸部門が林産学として体系化し,林学から独立するに至った。したがってこれと対応して,森林を育成する部門を狭義の林学とする場合が多い。さらに近年は,森林を育成し経営する部門を林業学,これの基礎となる森林植物,林木遺伝,森林環境,林木生理などを総括して森林学とする方向にある。
もともと林学はドイツにおいて発達をみたものである。16世紀末ころより農業,畜産のために森林が開拓され,均衡を失したための復興への関心がもとであった。学問としての体系化は19世紀の初めに,ドイツにおいてハルティヒG.L.Hartig,コッタH.von Cottaの2人によってなされた。その後林学が各大学で教育されるようになったが,この目的は林務官養成のためである。
日本では江戸時代の初めより木曾のヒノキ林における伐採,水運による搬出技術が発達し,18世紀ころより吉野林業などのスギ人工林造成技術も確立しているが,学問としての発達はない。日本の林学は,1875年に松野礀(はざま)(1847-1908)がドイツで林学を習得して帰朝したときより始まる。彼は帰朝後,まず山林局の組織をつくり,その後,山林学校の創設(1882),林業試験場の設立(1905)など,日本の林業行政・教育・研究の基礎をつくった。林学教育はイギリスやアメリカに先んじて行われたことになる。山林学校にはドイツから教官を招聘(しようへい)するほかみずからは校長として教鞭をとった。1890年には帝国大学農科大学林学科に昇格するが,本多静六をはじめ,山林学校時代の卒業生は大学の教授として活躍するに至る。しかし明治年間はドイツ林学の直輸入時代で,日本の自然環境に適合していない点が多かった。ただし集材,運材などの工学を主とした部門は旧来の技術に対して大きな進歩をみ,森林鉄道の敷設が始まり,蒸気力による集材機が現場で活用された。明治末に豪雨水害が多発し,山林局では治山のために全国に大造林を開始したが,各地に造林の不成績地をみるに及んで,大正期には,この原因究明の諸調査が実施され,その成果によって初めて日本の自然環境に立脚した造林学が確立した。また森林環境を重視する必要から,1926年に山林局技師の河田杰(まさる)をイギリスの植物生態学者タンズリーA.G.Tansleyのもとに留学させた。これが日本での植物生態学の初めであり,この知識によって森林植生調査が進み,さらに35年前後から成果をあげ始めた森林土壌学の端緒ともなっている。そのほかこの時代に森林化学,木材加工学など林学のあらゆる部門についての発達がみられた。しかし第2次大戦中および戦後しばらくは,諸外国の学問との交渉が中断していたため,大きな立遅れをみせた。戦後はアメリカなど英語を通じての外国の学問導入が始まった。明治時代と異なり,導入されたものは,速やかに日本の条件に順応して大きく発展した。
林学は技術部門には造林学,森林保護学,森林利用学,砂防工学などがあり,経済部門には林政学,森林経理学,森林経済学などがある。造林学にはさらに関連学として,森林生態学,森林環境学(森林立地学),森林植物学,林木育種学などがある。森林保護学には樹病学,森林動物学,森林昆虫学,森林動物管理学などがある。森林利用学は森林を伐採,集材,運材する木材生産工程の学問であって,森林土木学,森林機械学,林業生産工学を含む。砂防工学には砂防土木学,森林水文学(森林理水学),森林気象学などがある。森林経理学は技術学と経営学の中間的なもので,森林経営計画が主体である。関連学として測樹学,森林航測学,森林会計学などがある。林政学はその範囲が広いが個々に分かれる方向にあり,森林法律学,林業経済学,外国林業論(林業地理学),森林風致計画論,緑地学,自然保護論などがある。
なお林産学の部門には,木材の素材性質に重点をおいて利用する面と,木材を化学的に改変して利用する面との学問がある。その内容は木材構造学,木材加工学,木材材質改良学,木材化学,林産製造学などである。
執筆者:橋本 与良
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
産業としての林業を対象とする科学および技術を研究する学問。その場合、林業にとって土地(森林)は、単に産業(木材生産など)の基盤としてだけでなく、国土・環境保全の役割をもつ森林としても重要である。したがって、林学は、国民の住生活などに必要な資材を提供する林業生産の維持発展を追究するとともに、人間生活と森林とのかかわり合いを調和あるものとさせ、森林資源の再生産を図ることを課題とする。林学は応用科学として自然科学(技術)と社会科学(経済)を結合させている学問で、技術の系統には造林学、森林保護学、森林利用学、林産学、砂防工学が属し、経済の系統には林業経営学、林業経済学が含まれる。造林学は森林の維持造成を、森林保護学は森林被害の予防・駆除を、森林利用学は木材の伐採・搬出を、林産学は木材の物理的・化学的性質およびその利用方法を、砂防工学は森林の理水・砂防を取り扱い、林業経営学は林業の長期生産計画とそのために必要な調査方法を、林業経済学は林業の経済政策とその政策原理を研究対象とする学問である。
林学としての学問が体系化されたのは19世紀初頭のドイツにおいてである。ドイツ諸王侯が領有する財産の有効な管理運営の研究に始まり、木材生産の平均的・保続的な収穫実現を目ざす経営技術の確立が林学を独立科学として分化させた。わが国で林学専門の大学教育が発足するのは、帝国大学農科大学(現東京大学農学部)に林学科が設けられた1890年(明治23)のことで、ドイツのターラント林科単科大学創立80年後である。その後、明治末から昭和初めにかけて全国各地の大学に林学科が開設される。その後、科学技術の発展とともに林学から独立して林産学を形づくるようになり、1950~65年に林産学科が新設された。さらに、1990年(平成2)を前後して、全国の農学部は一斉に明治以来初めての、きわめて大幅な改革と編成替えを断行した。多くの大学で複数の学科が統合され、その結果、林学、林産学の学科名称が消えた。また、学科の規模が維持できたところでも、産業としての林業学の意味合いよりも、森林環境学を前面に出した森林科学が一般名称となった。
[笠原義人]
『大政正隆監修『森林学』(1978・共立出版)』▽『木平勇吉編『森林科学論』(1994・朝倉書店)』▽『只木良也著『森林環境科学』(1996・朝倉書店)』
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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