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柴田鳩翁 しばた きゅうおう

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美術人名辞典の解説

柴田鳩翁

心学者。京都の人。諸国を遊歴して心学童話を学ぶ。中年より盲目となる。天保10年(1839)歿、57才。

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デジタル大辞泉の解説

しばた‐きゅうおう〔‐キウヲウ〕【柴田鳩翁】

[1783~1839]江戸後期の心学者。京都の人。名は亨。薩埵徳軒(さったとくけん)に心学を学び、のち、失明の身で諸国を巡講した。その筆録書「鳩翁道話」は、心学道話の代表とされる。

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百科事典マイペディアの解説

柴田鳩翁【しばたきゅうおう】

江戸末期の心学者。本名亨,通称謙蔵。京都生れ。薩【た】(さった)徳軒に学び,朱子学に基づく心の修養を重んじた。45歳で失明し,教化活動に尽力,丹波,越前,山城,大和など12ヵ国を遊説し,多くの聴講者を得た。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

柴田鳩翁 しばた-きゅうおう

1783-1839 江戸時代後期の心学者。
天明3年5月5日生まれ。江戸で職を転々としたあと,郷里の京都にかえり野史(やし)講談で生計をたてる。39歳のとき薩埵徳軒(さった-とくけん)に入門し,心学を修業。45歳で失明。剃髪(ていはつ)して「道話」の形で心学教化につくした。天保(てんぽう)10年5月3日死去。57歳。名は亨。字(あざな)は陽方。通称は謙蔵。著作に「鳩翁道話」。

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世界大百科事典 第2版の解説

しばたきゅうおう【柴田鳩翁】

1783‐1839(天明3‐天保10)
江戸時代の心学者。名は亨,通称は謙蔵。京都の江戸飛脚本番の家に生まれ,眉山と号して軍書講談を業としていたが,やがて薩埵(さつた)徳軒に学び,43歳で心学の講師となり,巧みな話術で聴衆を魅了した。眼病を患い45歳で失明したが,不自由な身体で諸方に遊説し,武家や公卿まで帰依するものができた。天保の飢饉に際しては社中から義捐金を募って困窮者に施行した。養嗣子一作(遊翁)が筆記して刊行した《鳩翁道話》は数多い心学書の中の傑作である。

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大辞林 第三版の解説

しばたきゅうおう【柴田鳩翁】

1783~1839) 江戸後期の心学者。京都生まれ。手島堵庵門下の薩埵徳軒に学び、諸国を遊説、心学教化に努めた。著「鳩翁道話」など。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

柴田鳩翁
しばたきゅうおう

[生]天明3(1783).5.5. 京都
[没]天保10(1839).5.3. 京都
江戸時代後期の心学者。名は亨,通称は謙造,鳩翁は晩年用いた号である。 10歳代後半父母をなくし,貧苦のなかを期するところあって江戸に出たが,思うようにいかず,25歳京都に戻り,塗師として働いた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

柴田鳩翁
しばたきゅうおう
(1783―1839)

江戸後期の石門心学(せきもんしんがく)者。名は亨(とおる)、通称謙蔵、鳩翁・鳩継庵(きゅうけいあん)と号す。天明(てんめい)3年5月5日、京都の飛脚(ひきゃく)業奈良物屋吉兵衛の子に生まれる。幼年時代より生家困窮のため諸方を流浪したが、28歳のとき軍書講釈師として成功する。やがて『都鄙問答(とひもんどう)』を読んで感動し、薩徳軒(さったとくけん)(1778―1836)を知って心学に関心を寄せ、1825年(文政8)43歳のときに年100両という高収入の講釈師をやめて、「乞食(こじき)覚悟」で心学布教に専念。45歳で失明したが、天保(てんぽう)10年5月3日57歳で没するまで精力的に活動を続けた。その教化は、庶民はもとより、各地代官・諸藩士や京都所司代(しょしだい)・堂上公卿(くぎょう)にまで及んだ。彼の平易で巧みな話術は『鳩翁道話』にまとめられ、心学道話の代表的著作の一つとなっている。[今井 淳]
『柴田実編『日本思想大系42 石門心学』(1971・岩波書店) ▽石川謙校訂『鳩翁道話』(岩波文庫)』

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世界大百科事典内の柴田鳩翁の言及

【鳩翁道話】より

…江戸時代の心学者柴田鳩翁の道話の聞書。正編は1835年(天保6),続編36年,続々編38年刊。…

【石門心学】より

…その講話は《心学教諭録》と題して出版されたが,その他20種50巻に及ぶ平易な教訓書を著した。柴田鳩翁(きゆうおう)は京都を中心に十数ヵ国を巡講し,おもしろい道話を聞かせて世人を魅了し,その聞書き《鳩翁道話》(正編1835刊)は一世を風靡(ふうび)し,明治時代にもベストセラーになっている。ここに心学といえば道話を意味するまでになり,心学道話という言葉が定着した。…

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