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石門心学 せきもんしんがく

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

石門心学
せきもんしんがく

江戸時代中期に石田梅岩を始祖として,庶民,とりわけ町人にその生の意味を教えた思想および教化運動。町人の商行為の倫理的な意義を説いたものとして注目される。石門とは石田の門の意。梅岩が京都にその講席を開いたのは享保 14 (1729) 年であるが,手島堵庵上河淇水中沢道二らがその跡を継ぎ,心学はしだいに全国的な広がりをもって普及した。

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デジタル大辞泉の解説

せきもん‐しんがく【石門心学】

江戸時代に石田梅岩の始めた心学

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百科事典マイペディアの解説

石門心学【せきもんしんがく】

心学

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世界大百科事典 第2版の解説

せきもんしんがく【石門心学】

江戸時代に石田梅岩により始められた庶民教学。石門とは石田梅岩の門流という意味である。心学という言葉は中国で使われ,日本でも近世初期から《心学五倫書》などの書物に使われているので,石門という文字をつけて区別した。商家に奉公しながら儒教を学んだ梅岩は,1729年(享保14)京都で町人を集めて聴講無料の講釈を始め,広く庶民に道義を訴えて,日本における社会教育の始祖となった。また月に3回の研究会を開いて,門弟の養成に努めた。

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大辞林 第三版の解説

せきもんしんがく【石門心学】

石田梅巌を祖とする心学。 → 心学

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

石門心学
せきもんしんがく

江戸中期の石田梅岩(ばいがん)を開祖とする実践哲学で、近世町人の日常の生活体験を基礎にして神道(しんとう)・儒教(じゅきょう)・仏教の三教や老荘(ろうそう)思想をも取り入れて、人間の本性を探究しようとする人生哲学、近世庶民の生み出した倫理的自覚の学である。石田梅岩が1729年(享保14)に京都で心学の講義を開講してから、その門下の手島堵庵(てじまとあん)の活躍でしだいに普及し、堵庵門下の手島和庵(わあん)、上河淇水(うえかわきすい)が関西で、中沢道二(どうに)が江戸を中心に布教活動に乗り出し、各地に心学講舎(こうしゃ)が設立された。心学は庶民のみならず、やがて大名や上層武士にも浸透し、幕府の保護もあって全国的に広まった。後期には富岡以直(いちょく)、布施松翁(ふせしょうおう)や鎌田一窓(いっそう)とその養子鎌田柳泓(りゅうおう)、さらに柴田鳩翁(きゅうおう)らが心学者として活躍し、石門心学は近世思想界の一大潮流を形成した。
 石門心学思想の特色は、第一に、近世において道徳的に卑しめられていた庶民に対し、道の実践では武士と対等の存在と説いたヒューマニズムの主張である。第二に、四民(士農工商)の社会的役割と存在意義を具体的に明確にし、とくに町人についての社会通念であった賤商(せんしょう)観を否定するとともに、自他の和合を基本にした商業道徳の自覚を強調したことである。第三に、心学者たちは、心学思想普及のための教化方法として、道話(どうわ)という平易軽妙な語り口による講義や施印(せいん)というポスター形式などの方法を採用し、聖人の学問を身近なわかりやすいものとして紹介し、一般庶民の社会教化に大きな影響を与えた。また、寺子屋教育などのテキスト作成や就学児童に対する特別講義の実施など、児童教育にも積極的に関与し、教育の実をあげた。第四に、心学者たちは単なる教説の普及だけではなく、各地の教諭所や江戸佃島(つくだじま)の人足寄場(にんそくよせば)に教導のために出張したり、飢饉(ききん)に際して各講舎を中心に施米(せまい)などの救済活動を行ったり、あるいは丙午(ひのえうま)などの迷信に対する啓蒙(けいもう)運動など、社会の現実に対応した実践活動を展開した意義も重要である。
 前記のような多様な石門心学運動の過程で、初期の石田梅岩にみられた人間の本性に関する哲学的探究と「正直」と「倹約」の徳を中心に商人の立場を積極的に主張した姿勢から、心学は「本心」の平安なあり方を主題とする「心」の「学」に転化するなど、時代の変化と心学者たちの個性による問題関心の変化がみられるが、石門心学が近世思想界に果たした役割の重要性は十分に評価しなければならない。[今井 淳]
『柴田実編『日本思想大系42 石門心学』(1971・岩波書店) ▽石川謙著『石門心学史の研究』(1938・岩波書店) ▽竹中靖一著『石門心学の経済思想』(1962・ミネルヴァ書房) ▽柴田実著『梅岩とその門流』(1977・ミネルヴァ書房) ▽古田紹欽・今井淳編『石田梅岩の思想』(1979・ぺりかん社) ▽石川謙著『心学――江戸の庶民哲学』(日経新書)』

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世界大百科事典内の石門心学の言及

【家訓】より

…〈家法書〉〈定法〉〈式目〉〈店掟書〉などと題されたものの中には,家訓と区別される店規・店則を含むものもあり,その内容や形式も一様ではないが,その根底に共通するものは,封建的身分社会としての時代意識を反映して,知足安分をモットーとし,家業の出精を説く中でも,祖法墨守・新儀停止という保守・伝統主義が重視され,商業活動の要諦ともいうべき才覚・算用も,私利私欲の否定=正直の徳義が優先された。そして後期における町人社会への石門心学の浸透は,各商家における家訓の独自性を希薄にし,他家の家訓の転用なども行われ,内容は大同小異のものが多くなったが,それでもひとたび家訓と定められると,その家に固有な祖法として神聖視され,子孫へ伝承された。 また同時期の農村にあっても,土地の集積が進んだ上層農家では,家産意識の形成が進み,遺言状などの形で家訓の作成がみられるようになった。…

【日本】より

…不変の枠組みを前提とすれば,集団内部での個人の行為の善悪は,当人の〈心〉の問題,意図の問題に帰着するだろう。 江戸時代の後半期に流行した石門心学の要点は,第1に,行為の評価は,その結果よりも意図によるべきこと,第2に,善意は,利己的でなく,社会から与えられた役割を果たそうとする意志として定義されること,第3に,最高の倫理的価値は,つねに善意の生じるような心的状態を培うことであった。赤穂浪士の復讐の圧倒的な人気――それは歌舞伎や映画を通じて200年以上も持続した――も,主君への忠誠という動機(家臣の役割に忠実な自己犠牲という善意),および彼らの集団の団結とかかわり,その行動の結果(私的暴力の行使による多数の犠牲者)とはかかわらない。…

【常陸国】より

…常陸の国学は近隣諸国に比して劣勢であったが,《検田考証》などを著した土浦の町人国学者色川三中の業績は逸することができない。石門心学は,寛政期(1789‐1801)から盛んとなり,下館城下に有隣舎,土浦城下に孝準舎,小田村(現,筑波町)に尽心舎,水戸城下に三省舎,太田村(現,常陸太田市)に孝友舎などの講舎が建ち,江戸方面から講師も巡回して一時教勢を広げたが,幕末期には衰微した。庶民教育のための私塾,寺子屋は,天保期(1830‐44)以降幕末にかけてかなり普及した。…

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