核テロ防止条約(読み)かくてろぼうしじょうやく(英語表記)International Convention for the Suppression of Acts of Nuclear Terrorism

日本大百科全書(ニッポニカ) 「核テロ防止条約」の意味・わかりやすい解説

核テロ防止条約
かくてろぼうしじょうやく
International Convention for the Suppression of Acts of Nuclear Terrorism

正式には「核によるテロリズム行為の防止に関する条約」。あらゆる個人、非国家主体を含む組織による放射性物質などを使ったテロリズムを防止する条約で、2005年4月13日に国際連合総会で採択され、署名のために開放、規定により22か国が批准し、2007年7月に発効した。2010年8月時点で、115か国署名、批准国は69か国。

[納家政嗣]

沿革

テロリズムの脅威が高まるにつれて国際社会はこれに対処する条約を作成してきており、これは13番目の条約にあたる。1990年代なかば、テロリスト核物質や放射性物質を手にするとの懸念が大きくなったが、従来のテロ関連条約ではその脅威に対抗できないのではないかとの不安が高まった。とりわけ重要な核物質防護条約(1979年採択、1987年発効)は、締約国に国際輸送中の核物質の防護と防護措置のない核物質の輸出入禁止を義務づけるが、これでは核物質(ウランプルトニウム)以外の放射性物質に適用できず、またテロ行為を準備段階で予防することがむずかしいことが問題とされた。なお核物資防護条約は、2005年適用範囲を国内輸送、使用、貯蔵中の核物質、原子力施設に拡大するよう改正されたが未発効。国連総会は1996年、アドホック委員会を設置、翌1997年にロシアが条約草案を提出して本格的な審議が始まった。この問題の審議につねに立ちはだかるテロリズムの定義(いわゆる「国家テロ」を含むかどうか)をめぐる欧米先進国と途上国(とくにアラブ、アフリカ諸国)の対立はここでも厳しく、交渉は一時停滞した。その後、2001年のアメリカ「9・11同時多発テロ」がテロリストと大量破壊兵器が結び付く恐怖を感じさせ、交渉を促した。国際原子力機関(IAEA)のM・エルバラダイ事務局長の核テロへの警鐘、K・アナン国連事務総長の核テロ防止条約、包括的テロ防止条約の早期締結の訴え(事務総長報告『より大きな自由を求めてIn Larger Freedom』2005)が追い風となり、合意にこぎつけた。

[納家政嗣]

条約の内容

この条約に核テロリズムを定義する条文はなく、この点が他の条文にも影響している。条約は一定の行為類型をあげ、条約上の犯罪とする。不法かつ故意に死または重大な障害を引き起こす「意図」をもって放射性物質を所持し使用すること、核爆発装置等の製造、所持、使用、放射性物質を放出する方法で原子力施設を使用、損壊することなどが、条約上の犯罪とされる(2条)。これらの行為を国内犯罪とし、処罰できるようにすること、犯罪人引き渡し、法的な相互援助などで国際協力することが締約国に義務づけられる(1条)。条文の多くで「意図」が問題とされているように、ここでは犯罪を目的犯的に構成しテロの準備段階も犯罪化し、さらに脅迫、未遂、加担、指示、寄与・助長も犯罪とされる(2条)。テロの定義にかかわって最大の争点となったのは軍隊の行為であるが、ここでは軍隊の一定の行為(国際人道法による公務遂行)を適用除外とし、他方でこの規定が不法行為を容認し合法化するものでなく、他の法規による訴追を妨げるものでもない、とすることでコンセンサスを得た(4条3、4)。テロの定義にはしばしばイデオロギーや宗教問題が絡むが、この条約上の犯罪は政治的、哲学的、思想的、人種的、民族的、宗教的な考慮など、いかなる場合にも正当化されないとして抜け道をふさいでいる(6条)。

[納家政嗣]

評価

条約が犯罪とする行為の範囲が広がったという意味では対テロ体制は強化されているが、条約に基づいて摘発・拘束した犯人や容疑者の扱いにはあいまいさが残っている。テロリズムの場合、通常の犯罪のように処罰が犯罪抑止につながるかどうか不明だからである。条約は容疑者を遅滞なく法令に基づいて司法当局に付託(11条)、抑留者の公正な取り扱い(12条)を規定している。これはアメリカがイラク戦争中に拘束したテロ容疑者を「敵性戦闘者」というあいまいな地位のままキューバのグアンタナモ基地の収容所などに長期拘留して、国際的に批判を浴びた問題を反映するとされる。アメリカはこの条約を批准していない。核兵器国で批准したのはロシアのみである。しかしアメリカだけでなく、テロ犯罪は通常の裁判にはなじまず、かといって軍法会議による裁判や戦争捕虜としての待遇もむずかしい。なんらかの国際的な協力指針が必要となろう。テロリズムは国家による行為でないことが多いため、その定義について国際合意を得るのがむずかしく、したがって包括的なテロ防止条約の見通しもたたない。しかし犯罪の行為類型に合意することは可能で、適用物質や施設、行為類型を拡大することで、いわば搦手(からめて)からテロ防止体制の強化は進んでいる。2010年4月、史上初の核セキュリティ・サミットのコミュニケにおいて、この条約の批准促進、普遍化が掲げられた。

[納家政嗣]

『宮坂直史著『国際テロリズム論』(2002・芦書房)』『G・アリソン著、秋山信将・戸崎洋史・堀部純子訳『核テロ――今ここにある恐怖のシナリオ』(2006・日本経済新聞社)』『金子智雄著「核テロ防止条約の発効と日本の取組」(『防衛法研究』第33号所収・2009・内外出版)』『Kofi Atta Annan;In Larger Freedom(2005, United Nations, New York)』

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