根来寺境内(読み)ねごろじけいだい

国指定史跡ガイド 「根来寺境内」の解説

ねごろじけいだい【根来寺境内】


和歌山県岩出市根来にある寺院。一乗山大伝法院と号する新義真言宗の総本山。大阪府との境界に横たわる和泉山脈の一峰、一乗山の南麓と南側の前山と称される山に挟まれた狭小な平地と谷筋に立地する。1130年(大治5)、覚鑁(かくばん)が高野山内に一堂を建てて伝法院と称したことに始まり、高野山内の衆徒と対立した覚鑁の没後、大伝法院は根来を本拠地とするようになった。室町時代の末期には坊舎450を数えたといい、根来衆と呼ばれる僧兵が鉄砲隊を形成し、織田信長とは友好関係にあったが、その後、羽柴秀吉と争うこととなり、1585年(天正13)に秀吉軍が根来寺を攻め、大師堂、根本大塔などを残して寺は焼け落ちた。1976年(昭和51)に発掘調査が開始され、15世紀から16世紀の段階に遺構の分布が急速に広がり、寺院が拡大していった様子が判明した。子院は斜面を造成して石垣などを配し、仏堂や住坊、倉庫・井戸便所などを備え、湯屋も確認された。「根来寺伽藍古絵図」は作成年代が不明だが、遺跡の状況と合致するところがあり、最盛期の様相を伝えるものと推定される。出土品は多様で、食膳具・煮炊具・調理具などの日常用品のほか、仏具鉄砲玉・槍などの武器、筆・硯などの文具、茶道具や茶臼などがある。焼き物備前・瀬戸美濃・瓦器・土師器(はじき)などの国産品のほか、中国・朝鮮・タイ・ベトナムなどで生産されたものもある。また、現在まで法灯が継がれており、建造物や仏像などの多様な文化財が境内に残され、中世における寺院の成立と展開、政治・経済などとの関連を具体的に知ることができることから、2007年(平成19)に国の史跡に指定された。JR阪和線紀伊駅から和歌山バス「根来」下車、徒歩約20分。

出典 講談社国指定史跡ガイドについて 情報

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