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梨園 りえんli-yuan; li-yüan

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

梨園
りえん
li-yuan; li-yüan

中国,唐の玄宗が始めた音楽施設の一つ。太常寺太楽署のすぐれた男子楽人 (官有奴隷) や教坊 (宮廷直属の妓女の司) の名妓をえりすぐって,長安の都の北西郊の苑に集めて芸術音楽を教習させ,玄宗みずから教えたので,「皇帝梨園弟子」といわれた。のちに京劇の世界を呼ぶ雅称となり,それが日本に移されて歌舞伎界をさしていうようになった。

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デジタル大辞泉の解説

り‐えん〔‐ヱン〕【梨園】

梨(なし)の木を植えた庭園。
《唐の玄宗皇帝が梨の木のある庭園で、みずから音楽・舞踊を教えたという「唐書」礼楽志の故事から》俳優社会。特に、歌舞伎役者の世界。「梨園の名門」

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とっさの日本語便利帳の解説

梨園

歌舞伎役者の世界の別称。主に幹部級を指す。中国・唐の玄宗が梨の庭園で音曲を教えた故事から。

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世界大百科事典 第2版の解説

りえん【梨園】

役者,演劇の社会をいう。《旧唐書》音楽志,《新唐書》礼楽志によると,音律にくわしく,法曲を好んだ唐の玄宗は,太常寺坐部伎の子弟300人を選び,梨の木を植えた庭園でみずから教え,ひと声まちがっても聞き分けて必ず訂正したという。この楽工たちを,梨園の弟子とよんだのにはじまり,これからしだいに意味が転じ,明・清時代には役者,演劇の社会を指す言葉となった。【岡 晴夫】 なお日本では,江戸時代漢学者が演劇界を衒学的に梨園と呼んだといわれる。

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大辞林 第三版の解説

りえん【梨園】

なしの植えてある園。
〔「新唐書礼楽志」より。唐の玄宗皇帝が梨の植えてある庭園で自ら音楽を教えた故事から〕 俳優の社会。演劇界。特に、歌舞伎俳優の社会。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

梨園
りえん

演劇界、劇壇の意。中国、唐の玄宗(げんそう)皇帝は音楽を愛好して、宮廷の楽人の子弟300人を梨園に集めて自ら教えた。これを梨園の弟子(ていし)という。宮廷内の梨(なし)を植えた庭に教楽府が置かれたのは714年(開元2)ごろのことであるが、後世演劇の始祖神に祀(まつ)られる玄宗にちなむこの「梨園」ということばは、やがて劇壇全体を称するものとなる。わが国にも伝わって江戸時代には主として歌舞伎(かぶき)界をいう雅称となり、昭和の初期までよく用いられていた。[傳田 章]

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