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樺太庁 からふとちょう

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

樺太庁
からふとちょう

ポーツマス条約により日本の領土となった南樺太の施政のため 1907年4月設置 (明治 40年勅令 33号) 。樺太庁長官を長とし,長官官房のほか2部 (設置当初) から成った。長官は一般的には内務大臣の指揮監督下にあるが,郵便,電信などは逓信大臣の,銀行,関税などについては大蔵大臣の監督を受けた。

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百科事典マイペディアの解説

樺太庁【からふとちょう】

樺太(サハリン)の行政事務を担当した旧官庁。ポーツマス条約に基づき,1905年日本が樺太南半を領有すると同時に大泊(おおとまり)(コルサコフ)に軍政署(のちに樺太民政署)を置いたが,1907年これを改め樺太庁を設置し,1908年以来豊原(とよはら)(ユジノ・サハリンスク)に所在。
→関連項目サハリン

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世界大百科事典 第2版の解説

からふとちょう【樺太庁】

南樺太を管轄した日本の植民地行政官庁。1905年(明治38),日露講和条約で日本がサハリン島の北緯50゜以南を領有したため,占領時の樺太民政署の後身として,07年同庁官制(勅令)で設置された。所在地は08年以来豊原(現,ユジノ・サハリンスク)。長官は勅任官で,内務大臣(拓務省設置後は拓務大臣)の指揮監督を受けて法律命令を執行し,部内行政事務を管理するものとされ,18年の官制改正までは樺太守備隊司令官の兼任が認められていたが,初代の楠瀬幸彦(陸軍少将)のほかは代々文官で,内務官僚の就任を常とした。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

樺太庁
からふとちょう

日露戦争後のポーツマス条約(1905)の結果、日本領となった北緯50度以南の樺太(サハリン)統治のため、1907年(明治40)に設置された行政官庁。その前身は、05年の日本占領直後に置かれた樺太民政署であるが、07年の「樺太庁官制」公布で庁制に移行。初代長官は楠瀬幸彦(くすのせさちひこ)陸軍少将で大泊(おおどまり)(翌年豊原(とよはら)に移転)に開庁、内務大臣の指揮下に属し、一般地方行政と拓殖行政を管掌した。当初の機構は長官官房、第一部、第二部であったが、拓殖の進展や43年(昭和18)の内地編入などでしばしば改変され、45年には長官官房、内政部、経済第一部、同第二部、警察部と4支庁を含む所属官公署で成立していた。日本の敗戦によって組織の実体は消滅したが、法制的には49年(昭和24)まで存続した。[桑原真人]
『全国樺太連盟編・刊『樺太沿革・行政史』(1978)』

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