中国問題研究者,ジャーナリスト。大分県生れ。早稲田大学中退。1906年中国に渡り,ジャーナリストとして《遼東新報》《京津日日新聞》などに執筆,25年には満鉄嘱託となった。この間,中国の社会,政治,経済,思想など多方面にわたる研究を行っているが,他にさきがけて孫文を高く評価した。その後,国民革命に理解を寄せ,満鉄が収集した膨大な資料を駆使して中国社会論,革命論に先駆的業績を残したが,31年満州事変直後石原莞爾らと会見したのを機に超国家主義者,〈新重農〉主義者に転向して合作社運動などを支援した。《支那思想研究》《支那社会研究》《支那建設論》《中国革命史論》などがあり,多くは《橘樸著作集》に収載されている。
執筆者:古厩 忠夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
大正・昭和期のジャーナリスト,中国研究家
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報
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出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報
…海軍急進派青年将校を中心とする1932年のクーデタ事件。1931年十月事件が不発に終わったのち,橋本欣五郎中佐ら幕僚将校は地方や外国に転勤させられ,幕僚将校に反感をもった隊付青年将校らは,荒木貞夫陸相のもとで国家改造が実現できるものと期待し,直接行動から離れていった。これに対して井上日召一派と藤井斉中尉ら海軍急進派青年将校は国家改造のための決起に固執し,はじめは32年2月11日の紀元節を期して政財界の要人を暗殺することを計画した。…
※「橘樸」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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