ドイツの近代抒情詩人として,ハイネの名を世界に高めた青年期の詩集。それまで発表した詩を精選し,1827年に刊行。ハイネの生存中に13版を重ね,当時にしては空前のベストセラーであった。日本にこの詩集を紹介した訳者は,森鷗外に始まり,尾上柴舟,生田春月らを経て井上正蔵に至る。《歌の本》の前半では,ドイツ・ロマン派の伝統の中で独自の世界を築きあげたハイネが,報われぬ恋の苦悩を主題とするさまざまの美しいバリエーションを展開する(〈若き悩み〉〈抒情的間奏曲〉〈帰郷〉)。しかし心の中に〈世界の亀裂〉を感じとるハイネは,彼の〈世界苦〉から現代の〈トロイアの戦〉に向けて旅立つ(〈ハルツの旅より〉)。さらにそこから,ドイツ近代詩に類例をみない一連の大胆な自由韻律の詩群(〈北海〉)を生みだす。それはドイツ・ロマン派の伝統を自覚しつつ,同時にその革新の第一歩を踏みだそうとする若いハイネの〈内なる伝記〉にほかならない。なお,シューマンの歌曲《詩人の恋》は,この詩集の〈抒情的間奏曲〉に曲をつけたものである。
執筆者:林 睦実
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ドイツの叙情詩人ハイネの名を世界に広めた青年期の詩集。1827年刊。わが国にこの詩作品を紹介した訳者は、森鴎外(おうがい)に始まり、井上正蔵に至る。ハイネはドイツ・ロマン派の伝統を受け継ぎながら、報われぬ恋の苦悩を主題とするさまざまの美しいバリエーションを展開する(『若き悩み』『叙情的間奏曲』『帰郷』)。しかし、心のなかに「世界の亀裂(きれつ)」を感じ取る詩人は、彼の「世界苦」を「現代のトロヤの戦い」に向けて解き放とうとする(『ハールツの旅より』)。そこから、ドイツ近代詩に類例をみない一連の大胆な自由韻律の詩群(『北海』)が生まれる。まさしくそれは、ドイツ・ロマン派の伝統を革新する若いハイネの野心的な第一歩といえよう。
[林 睦實]
『井上正蔵訳『歌の本』(岩波文庫)』
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