日本大百科全書(ニッポニカ) 「歌舞伎の用語」の意味・わかりやすい解説
歌舞伎の用語
かぶきのようご
あいびき 〔合引〕
俳優の姿勢を高くりっぱに見せるために用いる腰掛。合引、中合引、高合引の3種があり、各俳優の所有するものになっている。
いたつき 〔板付〕
幕があくか、舞台が回って一つの場面が始まるとき、俳優がすでに舞台にいること。
いどころがわり 〔居所替り〕
回り舞台など使わずに、種々の仕掛けによってきわめて短時間で舞台装置を一変させること。がんどう返し、引道具、あおり返しなどの仕掛けを組み合わせて用いる。
うまのあし 〔馬の脚〕
馬の脚の役は名題(なだい)下の大部屋の役者から出る。筋書に名前こそ出ないが、技術的にはかなりの修練を要する重労働である。馬の脚(前脚と後脚の2人)には、給料のほかに芻秣(かいば)料が出るのがしきたりになっている。
おもいいれ 〔思入〕
俳優が台詞(せりふ)をいわないで、その場の心理を表現する演技。
かきぬき 〔書抜〕
一つの興行の演目・配役が決まってから各出演者に渡す台本。1幕1幕を半紙本1冊にとじ、その俳優の台詞(せりふ)だけを書き抜いてあるのでこうよぶ。書抜を受け取ることは、その役を承諾したことを意味する。
かきわり 〔書割〕
舞台背景となる大広間や屋外風景を描いた張り物。一定の方式で寸法を測って書き割るのでいう。このうちとくに遠景を描いたものは「遠見(とおみ)」といい、野遠見(のどおみ)、山遠見、庭遠見、町屋(まちや)遠見、宮遠見などがある。
からみ
劇構造のうえからはまったく意味のない役で、主演者の強さを強調したり、その動きを引き立たせるため、主役に絡んで立ち回ったり、とんぼをきったりする端役のこと。
かりはなみち 〔仮花道〕
桟敷(さじき)時代の歌舞伎劇場には「東の歩み」として常備されていたが、今日では舞台上手(かみて)(客席から見て右)に、必要に応じて臨時に設けられる。演目によって、歌舞伎の魅力を満喫させる効果がある。
き 〔柝・木〕
拍子木のこと。樫(かし)材でつくられる。歌舞伎の舞台では、幕の開閉、演出上のきっかけに狂言作者が打つものと、開演中に役者の表現を強調するために大道具方が打つツケの、二つの用法がある。チョンチョンチョンと木をしだいに速めに刻んで幕をあけ、あききったところでチョンと一つ「止めの木」を入れ、それを合図に芝居が始まる。開演中に義太夫(ぎだゆう)、清元(きよもと)などの演奏にかかるときもチョンチョンと木を入れて合図し、舞台転換のきっかけ、浅黄幕を振り落とすときにもチョンと一つ打つ。幕切れは、開幕とは逆にチョンと一つ「木頭(きがしら)を入れ」てから刻んでゆくが、木頭を入れるときは自分が芸をしているつもりで打てというくらい、舞台効果を左右するものになっている。
きどぐち 〔木戸口〕
大道具の一つ。世話木戸、庭木戸など数種ある。内と外の区別を示すものだが、演出上、不要になると劇中取り去るなど、自由に使用される。
くろご 〔黒衣〕
黒木綿の詰袖(つめそで)の着物に黒頭巾(ずきん)をつけて舞台に出る介添え。合引(あいびき)を出して腰掛けさせたり、衣装を脱ぐ手伝いや小道具の手渡しをするもの。弟子筋の俳優が勤めるが、もう一種、狂言方が俳優に台詞(せりふ)を教示するプロンプターがある。黒衣は舞台に出ていても登場人物とは考えないのが歌舞伎の約束である。
こうせき 〔口跡〕
台詞(せりふ)をいうときの発声法。声の高低、抑揚(めりはり)などをいう。台詞が客席の隅々まではっきり通ることを「口跡がよい」といい、名優の一要素になっている。
さんだん 〔三段〕
様式的な時代物や舞踊劇の幕切れで、座頭(ざがしら)役の俳優が乗って見得(みえ)をきるための三段の階段状の台。緋毛氈(ひもうせん)でくるむ。女方は二段のものを用いる。
しだし 〔仕出〕
幕開きなどに登場する、筋とは直接関係のない登場人物。通行人や群衆など。
しちさん 〔七三〕
「花道七三」とも。花道の舞台から三分、揚幕(あげまく)から七分あたりの場所。花道での演技、所作はほとんどここで行われる。ここに常備されている「せり」は、とくに「すっぽん」とよばれる。
しょさぶたい 〔所作舞台〕
所作板、置舞台とも。舞踊や様式的な時代物などで、足のすべりと足拍子の響きをよくするために舞台上に敷く。檜(ひのき)板製で、通常高さ4寸(約12センチメートル)、長さ1丈(約3メートル)または1丈2尺、幅3尺、これを本舞台から花道にまで敷き詰める。
そそり
ふざける意から、女方の役者が立役(たちやく)に、下っぱの俳優が主演者になるなど、配役を変えて見物を笑わせる催し。上下が逆になることから天地会(てんちかい)ともいう。
たて
立回(たちまわ)り。舞台で演じられる格闘のことだが、歌舞伎ではかならず下座(げざ)音楽が入り、ツケを打って効果を強調し、いくつかの型の組合せにより、あくまでも美しく様式化して表現される。時代、御家、世話の三大種別のほか「所作立(しょさだて)」「だんまり」などがあり、立回りを考案する者を立師(たてし)という。
ちゅうのり 〔宙乗り〕
おもに妖怪変化(ようかいへんげ)のたぐいが空中を飛行するさまを見せる演出。俳優の身体に機具を取り付け、背から吊(つ)るして、高く張られた綱に滑車仕掛けで舞台や花道の上を移動する。
チョボ
義太夫(ぎだゆう)狂言で、舞台の上手(かみて)にいる義太夫語り、またその義太夫節のこと。太夫の語る部分だけにヽヽとチョボ点がつけてあるのでこうよぶ。
ツケ
俳優の演技を誇張して人物を印象づけるため、舞台の上手(かみて)で演技にあわせて拍子木で板を打つこと。歩行、駆け足、打擲(ちょうちゃく)、物体の落下、立回りの音のほか、俳優の見得(みえ)の効果をあげるときに使う。打つ人を「ツケ打ち」といい、大道具方の担当。
つらあかり 〔面明り〕
燭台(しょくだい)に点火して長い柄をつけ、黒衣の後見が遠くから差し出して役者を照らすもの。差出しともいい、電気照明のないころ、おもに花道の演技に用い、現在でも古風な味わいを出すために用いて効果をあげている。
つらね 〔連〕
ことばや歌を長々と雄弁に朗唱するという、日本の芸能に古くからある様式だが、歌舞伎の台詞(せりふ)に取り入れられて、主として荒事(あらごと)の主役が述べる懸詞(かけことば)を連ねた美文調の長台詞のことをいうようになった。『暫(しばらく)』の主役が花道で述べるのが代表的なもの。「厄払(やくはら)い」というのは世話狂言でのつらねということができる。
とおみ 〔遠見〕
遠くに登場する人物を表すため、その人物と同一扮装(ふんそう)の子役を用いる演出手法。『一谷(いちのたに)』の組討ちの場の熊谷(くまがい)と敦盛(あつもり)、『逆櫓(さかろ)』の樋口(ひぐち)、『新口村(にのくちむら)』の幕切れの忠兵衛と梅川などにみられる。
とがき 〔ト書〕
脚本で、台詞(せりふ)以外の、状態や状況を説明する地の文章。「ト弁慶、金剛杖(こんごうじょう)にて……」などと、かならず「ト」から書き出されているのによる。
とちる
舞台上で台詞(せりふ)を間違えたり、出のきっかけを誤ったりして芝居の進行に穴をあけること。語源は、近世初期の上方(かみがた)語「とちめく」(あわてる)との説がある。舞台上の失敗の際は、江戸では「とちりそば」を楽屋内すべてにふるまう習慣があった。
とんぼ
「とんぼをきる」と使う。立回りのとき、何物にも支えられずに宙返りすること。たての基本として歌舞伎俳優すべてが習得すべきものとされている。
なだい 〔名題〕
歌舞伎狂言の題名。外題(げだい)ともいう。また、看板に名前を連ねられる俳優(名題役者)の略称。大幹部のことを大名題(おおなだい)という。
にじゅう 〔二重〕
舞台の床の上に一段高く築く大道具の台。常足(つねあし)(1尺4寸=約42センチメートル)、中足(2尺1寸)、高足(2尺8寸)の3種があり、町家は常足、御殿は高足を用いるなどと定められており、このたぐいを定式舞台(じょうしきぶたい)という。
はなよてん 〔花四天〕
四天とは歌舞伎衣装で裾(すそ)の割れた着付の一種。舞踊劇や様式的な時代物に出る軍兵、捕手(とりて)などが着る、木綿地、染模様の四天をいい、多く花枝や花槍(はなやり)を手に登場するのでこの名が出た。これを着て出る役柄の通称でもある。
はやがわり 〔早替り〕
1人の俳優が多く同一の場面で目先の変わった役をごく短時間で替わって演じる演出法。衣装、鬘(かつら)に特殊な仕掛けを施し、吹替(ふきかえ)というスタンドインを使ったりして観客の目をあざむく。
ひきぬき 〔引抜き〕
一瞬のうちに衣装を替える演出。下に着込んだ衣装の上に糸で留めてある着物が、糸を引き抜くととれる仕掛けになっている。同様な仕掛けで、帯を境に衣装の上半身が裏返しに垂れて下半身を覆うのを「ぶっかえり」という。
ふりおとし 〔振落し〕
瞬時に幕を上部から落とし、舞台面の鮮やかさを印象づける手法。振竹(ふりたけ)という棒に浅黄幕や黒幕を吊(つ)っておき、仕掛けでパラリと落とす。
みえ 〔見得〕
劇中、俳優が動作を一時停止して形をつけること。劇的盛上りと役の感情の高揚を表す手法なので、必然的に「にらむ」動作を伴い、ツケを打ったりすることが多い。とりわけ誇張の大きい見得を行うことは「大見得をきる」という。
やたいくずし 〔屋台崩し〕
舞台上の屋台が、地震や妖術(ようじゅつ)などによって、観客の眼前で崩れて屋根が落ちてしまう仕掛け。