改訂新版 世界大百科事典 「局所麻酔薬」の意味・わかりやすい解説
局所麻酔薬 (きょくしょますいやく)
local anesthetic
原則として意識や反射機能は正常に保ったままで,目的とする局所の知覚を鈍麻もしくは消失させ,局所的疼痛を軽減させる薬物をいう。局所的な手術の際に,疼痛の軽減または消失に用いるのが主用途である。局所麻酔薬は,外傷による疼痛の緩和を目的として,古くから経験的に使用されていた。ペルーのインディオは,2000年も前からコカ葉を嗜好品として用いていたが,これを外傷に使用すると痛みが緩和されることも知っていた。コカ葉の成分がコカインであり,これは現在でも代表的な局所麻酔薬である。知覚神経の末端が痛みを刺激としてとらえると,これは信号として神経繊維上を中枢へ伝えられる(求心性神経)。この信号の実体は神経繊維の細胞膜に起こる電気的なインパルス変化で,知覚神経終末から脊髄後根を通って脊髄に入り,別の神経繊維に伝えられて大脳皮質に達する。局所麻酔薬は,この経路のどこかでインパルスの発生を抑制して,痛みの信号が中枢に伝わるのを抑制する。その結果,痛覚が鈍麻または消失する。この経路のどこに適用するかによって,麻酔は次のように分けられる。(1)表面麻酔 粘膜表面に麻酔薬を適用。(2)浸潤麻酔 手術部位の周囲の皮内または皮下に注射する。(3)伝達麻酔 神経幹または神経叢に適用。(4)脊椎麻酔 脊椎の硬膜下腔に注入。(5)硬膜外麻酔 硬膜と脊椎の間に存在する髄液に注入して,脊髄から出る前根および後根を麻痺させる。
局所麻酔薬は狭義にはコカインおよびコカイン代用薬である。コカインは,コカノキ科コカノキ属各種の葉から得られるもので,知覚神経終末に麻痺作用を起こす。すぐれた局所麻酔薬であるが,吸収されやすく,吸収されると全身作用を現す。吸収された場合,心臓血管系に対しては交感神経伝達物質のノルエピネフリン作用を増強する結果,血管収縮を起こす。しかし大量では心臓抑制と血管拡張により血圧下降を起こす。吸収されて中枢神経系に作用すると,強い中枢興奮を起こし,疲労感の減少や知力の増大感が現れる。すなわち精神的発揚や快感を起こすわけで,しだいに薬物依存をきたす。このためコカインは麻薬に指定されている。局所麻酔薬としては表面麻酔に用いられ,吸収されると上述のような副作用が生ずるので浸潤麻酔などには用いない。コカインは天然由来のすぐれた局所麻酔薬であるが毒性も強いので,数多くの合成局所麻酔薬(コカイン代用薬ともいう)が作られている。プロカイン,テトラカイン,リドカイン,ジブカイン,アミノ安息香酸エチルなどである。これらの効力や毒性はそれぞれ異なるが,いずれも完全なものとはいいがたい。合成局所麻酔薬は,コカイン類似の血管収縮作用は有しないので,局所にとどめるために血管収縮薬のアドレナリンを併用するのが普通である。プロカインは,表面麻酔作用は弱く,浸潤麻酔や脊椎麻酔に用いる。テトラカインは,効力も毒性もプロカインより強く,表面麻酔や脊椎麻酔に用いる。リドカインは,作用発現が速いという特徴があり,アドレナリンと併用すると作用持続もかなり長い。表面麻酔,浸潤麻酔,伝達麻酔,脊椎麻酔,硬膜外麻酔に用いる。ジブカインの作用は強く持続的であるが毒性も強い。表面麻酔,伝達麻酔に用いる。アミノ安息香酸エチルは,水に難溶で注射には用いられず,外用(軟膏,座剤)に用いるほか,胃痛や制吐に内服で用いる。これらコカインおよびコカイン代用薬が狭義の局所麻酔薬であり,真性局所麻酔薬とも呼ばれるが,次のようなものも広義には局所麻酔薬に含まれる。すなわち,(1)エーテル,クロロホルムなど本来は全身麻酔薬であるが局所麻酔作用を有するもの,(2)疼痛性麻酔薬 石炭酸(フェノール),メントール,キニーネなど局所に投与すると,初めは知覚神経刺激による疼痛を生ずるが,後に麻痺を起こすもの,(3)寒冷麻酔薬 沸点の低いエーテル,クロロホルム,クロルメチルなど気化熱を奪うことによって局部凍結をきたし知覚を鈍化させるもの,などである。
→麻酔
執筆者:福田 英臣
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報