母川回帰(読み)ボセンカイキ

  • homing instinct
  • ぼせんかいき ‥クヮイキ
  • ぼせんかいき〔クワイキ〕

世界大百科事典 第2版の解説

サケ・マス類が繁殖のために自分の産まれた川に戻ってくる現象をさす。この現象は古くからいわれていたようだが,初めて証明したのはウォールトンIzaak Waltonであった(1653)。彼は降海するサケ稚魚リボンをつけ,そのリボンをつけたサケが再び回帰したのを捕らえて証明したのである。これは標識放流の始めでもある。この後に行われた多くの標識放流実験により,迷子になって別の河川に回帰する個体少数あるが,ほとんどは産まれた河川に帰ることがはっきりと証明されている。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

川で生まれた魚が海に下り、一定期間を経て同じ河川系に戻る習性をいう。遡上(そじょう)する川を母川(母支流)といい、サケ・マス類の母川回帰がもっとも有名である。この現象は、経験的に古くから知られていたが、1653年にI・ウォルトンが、リボン標識をつけて放流したタイセイヨウサケの幼魚が数年後に同じところに産卵のために帰ってきたことを科学的に証明したのが最初である。その後、1930年代にアメリカの生物学者のリッチWillis Horton Rich(1885―1972)らによってベニザケやマスノスケで立証された。母川は自然状態では生まれ育った川であるが、幼期にほかの川に移殖するとその川が母川となる。サケは、海洋で生活して川へ戻ったもののうち、平均的に90%以上が母川へ帰り、母川以外の川へ帰ったものも、その多くは母川の近くの川へ遡上する。

 サケ・マス類の母川回帰には嗅覚(きゅうかく)が大きな働きをしている。アメリカの生物学者のハスラーArthur Davis Hasler(1908―2001)とショルツAllan T. Scholz(1948― )が1983年に科学的な実験で確かめた嗅覚刷り込み説が有力である。幼魚は降河前の短い期間(2日以内、数時間)に母川の水質、つまり流域の土壌や植生に由来する独特の臭いを記憶する。この記憶づけは嗅覚によって端脳に刷り込まれる。刷り込まれる物質は化学的に安定していて、単一または2、3の化合物であると推定されている。この嗅覚物質は下流や海では薄められるが、嗅覚がよく発達したサケ・マス類は100キロメートル沖合いでも認知するといわれている。何年かの海洋生活を経て母川に帰ったサケ・マス類が、母川の水と隣接する他の河川の水を区別できることや、鼻孔をふさいだ個体は母川識別能力を欠くこと、母川水に対して脳波が変化することなど、特殊な反応や行動をする事実は、母川水への記憶が確かなものであることを示している。

 沿岸から遠く離れて母川水の影響が及ばない外洋でどのように自分の位置を確かめ、どのようにして帰る方向を判断しているかは依然として謎(なぞ)に包まれている。淡水生活中のベニザケやマスノスケは太陽の運行から方角を知る太陽コンパスの能力がある。しかし、曇天続きの高緯度ではたしてどれだけの効果があるかは不明である。それよりも太平洋北部やオホーツク海にはいくつかの反時計回りの大きな還流があり、それにのって移動し、産卵前に水流に生ずる微弱な電位変化を知ってしだいに沿岸に近づくともいわれている。そのほかにフェロモン説、偏光説、星座コンパス説などがあげられているが、いずれも科学的に証明されていない。現在、地球の磁場、動物行動、繁殖生理、感覚神経生理などからもアプローチされている。

 母川回帰性が強いサケは1980年代以降、全国で毎年18~20億尾が放流されている。放流技術の進歩によって当初より回帰率が上昇し、2010年代では放流数の4~5%が回帰するようになった。放流河川も北海道の十勝(とかち)川、石狩(いしかり)川、岩手県の津軽石(つがるいし)川をはじめとして、おもに北海道、東北、北陸地方の沿岸に注ぐ主要な諸河川に及んでいる。

[落合 明・尼岡邦夫]

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精選版 日本国語大辞典の解説

〘名〙 サケ・マスなどが海で成長したのち、産卵のために生まれた川へ帰ってくること。

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世界大百科事典内の母川回帰の言及

【サケ(鮭)】より

…さらに海水になれる時期まで延長して飼育する河川もある。母川回帰の性質によって遺伝的隔離が生じ各河川に特有の形質が保存されており,そのうちの有利な形質を残していくことによってさらに資源量を増やすことも可能であろう。
[漁業]
 サケの漁業は古くロシア領の借漁区漁業時代における沿岸の定置網,刺網に続き,1930年から沖取りの刺網が本格化した。…

※「母川回帰」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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