改訂新版 世界大百科事典 「太陽コンパス」の意味・わかりやすい解説
太陽コンパス (たいようコンパス)
solar compass
Sonnenkompass[ドイツ]
動物がある時点の太陽の位置を基準として,体内の生物時計にもとづく時刻感覚により,太陽の動きを補正して一定の方位を知ることをいう。
多くの動物がどのようにして巣の位置を知るのか,渡り鳥はどのようにして適切な時季に正しい方角を目ざして飛べるのかというのは古くからの謎であったが,その定位の手段として太陽を用いていることが,近年いくつかの実験によって明らかにされた。いわゆる渡り鳥は籠で飼われても,渡りの時季になると〈渡りのいらだち〉を示す。ホシムクドリで行われた実験によると,渡りの時季を迎えると,動作が不安定になり,止り木の上をぴょん,ぴょんと跳びまわるのであるが,このとき籠の真下からみて,10秒おきに鳥の頭の向きを確認して,円周上に方位を印した方位板上に点としてプロットすると,その土地でその鳥が渡りに飛び立つ生得的方向に点は圧倒的に集まる。しかしこの定位は太陽が全然みられない日には崩壊する。大きなドラム缶のような形の小屋を作り,その側壁の天井に近いところに一定間隔で小窓を作り,小屋の底部に籠をおくと,鳥の位置からは木立や家屋など地物は何も見えないで,太陽をふくむ天空だけが見えている。この状態でもホシムクドリの定位はかわらないが,太陽の方に向いた窓を二つほど閉めると定位はくずれる。図に示したように各小窓に,小屋の中心から窓の中心を見る視線に対して135度の角度になるように鏡をとりつけると,図aの場合でいうと各窓から見える空間は鏡のないときより90度だけ時計の針の反対方向にずれるので,みかけの空間は90度だけ時計の針の反対方向に回転されたことになり,定位の方向も実際にほぼ90度だけ時計の針の反対方向にずれる。このことから鳥がその時点での太陽の位置を基準にして,生得的な飛び立ちの方位を判定していることは確かである。
籠の周囲に12個の同じ餌箱を,中心からみて等間隔になるように取りつける。各餌箱はゴムの膜の後ろにあって鳥には見えず,ゴム袋のスリットにくちばしを突っ込んでこじあけてやっと餌がとれるようになっている。この状態で毎朝決まって8時に南の方向の餌箱で餌をやるようにすると,餌はどの餌箱にもなくても,8時に餌箱をとりつけると,訓練された方位の餌箱に飛ぶようになる。そこで突然午後3時にテストしてみると,おどろくべきことにちゃんと南に飛ぶ。鳥は太陽の方向の1日の動きをよんで対応しているのである。
外光を一切遮断し,人工照明によって一様の明るさにされた室内で,地上からみた太陽と大きさが等しく(1/2度),できるだけ平行光線になるような光源をえらび,それを人工太陽にした実験がある。この人工太陽は高さの調節はできるが,水平方向には位置はかえられない。今,毎日決まった時刻に人工太陽をその時刻の自然の太陽と同じ高さにして,この太陽を自然の太陽とみなしたときの西なら西で餌を与える訓練をしておき,訓練をつけたのとはちがう時刻に人工太陽の高さはその時刻の太陽の高さに合わせてテストをしてみると,人工太陽は方位でいえば少しも動いていないのに,ホシムクドリは自然の太陽と同じ動きを計算に入れ,自然の太陽のそのときの時刻の位置を基準とした西に餌を求める。
このような現象は鳥ばかりでなく,魚でも,ミツバチでもそれぞれの動物に適応したやり方で実験され,同じような結果が確認されている。
鳥の渡りはそれぞれの地方の種または亜種により,生得的に伝えられる飛び立ちの方位を知っているようであるが,太陽コンパスだけで渡りの航路が決められるというのではない。ひじょうに多くの因子の可塑的な組合せによって行われる。
夜間に渡る小鳥も多いが,その場合には太陽コンパスに匹敵するものとしては星座のコンパスが利用される。プラネタリウムを用いた実験もあるが,細部についてはまだ不明な点が多い。
→走性
執筆者:桑原 万寿太郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報