毒ヘビ(読み)どくへび

日本大百科全書(ニッポニカ) 「毒ヘビ」の意味・わかりやすい解説

毒ヘビ
どくへび

毒腺(どくせん)と毒牙(どくが)を頭部にもつヘビ総称。毒蛇(どくじゃ)ともいい、次の4種類に大別される。

(1)コブラアマガサヘビなどアマガサヘビ亜科に属する約180種。

(2)ウミヘビ亜科に属する約50種のウミヘビ類であるが、これらのヘビ毒はおもに運動神経麻痺(まひ)をおこし、致命率が高い。神経麻痺をおこす毒性因子は2種発見されている。一つは末梢神経(まっしょうしんけい)筋肉接合部、すなわちシナプスの神経末端部に働いて刺激伝達を妨げるシナプス前部神経毒で、もう一種は筋肉部に働いて刺激の伝達を妨げるシナプス後部神経毒である。一方、イボウミヘビのように、神経毒による麻痺のほかに全身の筋肉痛や、筋肉の分解物であるミオグロビン尿などをおこすものでは、骨格筋に働いて痛みや壊死(えし)などをおこす因子が分離され、筋肉毒とよばれている。また、腎障害(じんしょうがい)は毒のために腎臓の皮質あるいは尿細管に壊死がおこり尿毒症に移行させるので、治療には人工透析が必要となる。

(3)クサリヘビ亜科に属する約40種のクサリヘビ類で、毒は出血と血液の凝固性が強く、致命率はかなり高い。

(4)マムシ亜科に属するマムシ、ハブ、ガラガラヘビなど約120種で、毒は出血、壊死などがおもで、致命率は低い。

 毒ヘビの特徴は、いずれも上顎(じょうがく)の先端に1対のとくに長く伸びた毒牙を備えていることで、ヘビがかみつくことにより内部の管を通して上顎部にある毒腺から相手に毒液が注入される。もう一つの特徴は、マムシ亜科のヘビ類にみられる目と鼻孔の間にあるピット器官pit organ(頬窩(きょうか))で、外界の温度を鋭敏に感じ取ることができる。

 このほかに毒ヘビに準ずるものとしてナミヘビ科に属するヤマカガシブームスランバードスネークなどがあり、上顎の奥にとくに長い先端の鋭い牙(きば)があって、かまれた際にこの牙で傷つけられると、そこから上顎部にあるデュベルノイ腺からの分泌液が吸収され、患者は出血や血液の凝固障害などの特異な症状を呈する。

[沢井芳男]

ヘビ咬症

ヘビ毒は、咬症(こうしょう)によって毒性を発揮するさまざまな因子と、それらを助長する多種類の酵素を含んだ複合タンパク質である。特効薬である治療血清抗毒素)は、これらの毒でウマを免疫して得た血清を精製したγ‐グロブリンで、これを患者の静脈に注射することによって、身体内に注入されたそれぞれの毒が特異的に中和される。応急処置としては、かまれた傷口を口などで10分ほど強く吸い、唾液(だえき)といっしょに吐き出すのがよいとされていた。しかし、2006年(平成18)に発効した「わが国の新しい救急蘇生ガイドライン(骨子)」では「患肢を安静に保ち、創からの毒素の吸引は行わない」(日本版救急蘇生ガイドライン策定小委員会のホームページより引用)としている。できるだけ患部を動かさず、一刻も早く最寄の医療機関に搬送することが大切である。なお以前にも同じ毒ヘビにかまれたことがある場合は、呼吸困難やじんま疹などのアレルギー症状(アナフィラキシー)に気をつける必要がある。

[沢井芳男]


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改訂新版 世界大百科事典 「毒ヘビ」の意味・わかりやすい解説

毒ヘビ(蛇) (どくへび)
poisonous snake

毒腺と毒牙(どくが)を備えたヘビ類の総称で,大半がコブラ科とクサリヘビ科に含まれる。世界の危険な毒ヘビは約450種で,全世界に広く分布するが,これらのほかにも毒牙を備えるものの毒性が弱く,実害のない種類もかなりある。毒液を分泌する毒腺は唾液腺から発達したもので,上あごの後方に左右1対あり,導管によって毒牙の基部に通じている。毒液は二次的には自衛の武器として用いられるが,本来の目的は獲物の捕殺にある。後牙類と呼ばれる毒ヘビでは,毒腺の直下に溝牙を生じており,獲物をのみこむ過程で毒が注入されるが,毒性はそれほど強くない。これらの毒ヘビはナミヘビ科に含まれ,中にはアフリカツルヘビThelotornis kirtlandiiブームスラングDispholidus typusのように,人がかまれると死ぬものもある。前牙類と呼ばれる毒ヘビは上あご前端に毒牙を生じたもので,獲物にかみついた瞬間に毒を注入できる。これらの毒ヘビには溝牙をもつコブラ科(ウミヘビ類を含む)と,管牙をもつクサリヘビ科とが含まれる。溝牙は毒液が多少溝から漏れて効率が悪いが,コブラ類では溝がほとんど閉ざされている。管牙は完全に溝が閉じた注射針のような構造で,効率よく,さらに可動牙類とも呼ばれるように,大きく口を開いたとき管牙が上顎骨と直角に起きるような構造となっているものもある。そのためクサリヘビ類は離れた場所から獲物にとびかかり,瞬間的に毒を注入するという,安全で確実な方法で獲物や天敵に対処することができる。とくにマムシ亜科の毒ヘビには赤外線に敏感なピット器官が備わり,夜間でも目標を確実に攻撃することができる。

 ヘビ毒はおもにタンパク質と酵素からなり,種々の成分が含まれるが,主要成分は血管系統に作用し組織に出血させる出血毒hemorrhaginと,呼吸中枢などの神経系に作用して筋肉を弛緩させる神経毒neurotoxinで,クサリヘビ科では出血毒成分が多く含まれ,コブラ科では神経毒成分が含まれる率が高い。毒ヘビは種類によって各種成分の内容が異なるため,治療用の抗ヘビ毒血清は同一種の毒から精製されたものしか有効でない。しかし近年では,成分の近い幾種かの毒を合わせた混合血清もつくられている。毒ヘビにはキングコブラOphiophagus hannahの最大全長5.5mをはじめ大型種も多く,また小型種でも毒性の強いものが少なくない。サン・パウロのブタンタン毒ヘビ研究所をはじめ各地で血清や治療法の研究が続けられているが,なお熱帯地方を中心に毎年数万という人命が,毒ヘビによって失われている。他方,ヘビ毒を医療用として用いる研究も進んでいる。
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百科事典マイペディア 「毒ヘビ」の意味・わかりやすい解説

毒ヘビ【どくヘビ】

毒をもつヘビの総称。有毒なヘビの大半はコブラ科とクサリヘビ科に属し,うち約450種ほどが致命的ないしは強い毒性をもつ。毒腺は唾液(だえき)腺が発達したもので,このため頭部は三角形あるいはさじ形のものが多い。毒は餌を殺すのを主目的とし,二次的に自衛手段に使用される。日本産のマムシ,ハブなどのクサリヘビ類は出血毒を主成分とし,管牙(かんが)をもち,コブラ,ガラガラヘビなどは神経毒を主成分とし,溝牙(こうが)をもつ。毒ヘビにかまれた場合には,同じ種のヘビから精製された抗ヘビ毒血清が有効。
→関連項目ヘビ(蛇)

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世界大百科事典(旧版)内の毒ヘビの言及

【歯】より

…これは,ワニ類にはいわゆる二次口蓋が異常によく発達していることと関係がある。毒ヘビのもつ毒牙(どくが)は上顎骨に植立した左右各1本または2本の大型の特殊化した歯で,唾液(だえき)腺から変化した毒腺に連絡している。種類により,毒液の通路として前面に縦走する溝をもつものと,それが閉鎖して注射針のような管になったものとがある。…

※「毒ヘビ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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