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毬杖 ぎっちょう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

毬杖
ぎっちょう

正月の子供遊戯の一種。槌形の杖に色糸などを飾りつけ,これで木製の毬を打合い,早く中央の一線を越して相手陣に打込んだ者を勝ちとする。『骨董集』によると,京都では子供が生れて初めての正月には,母方の里から毬杖を贈るのを例とし,その毬杖は胡粉,丹,緑青などで彩ったという記録がある。

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デジタル大辞泉の解説

ぎっ‐ちょう〔‐チヤウ〕【××杖/×打】

昔、正月に木の毬(まり)を打って遊ぶのに用いた、長い柄のついた槌(つち)。また、その遊戯。玉打ち。ぎちょう。きゅうじょう。 新年》

きゅう‐じょう〔キウヂヤウ〕【××杖】

ぎっちょう(毬杖)

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百科事典マイペディアの解説

毬杖【ぎっちょう】

ホッケーによく似た日本の古い遊び。中国から伝わった打毬(だきゅう)から転じて子どもの遊びとなったもの。子どもの正月遊戯。〈きゅうじょう〉〈ぎちょう〉〈ぎっちょ〉〈たまうち〉〈だきゅう〉〈まりうち〉などともいった。
→関連項目左義長

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世界大百科事典 第2版の解説

ぎっちょう【毬杖】

中国から渡来した打毬(だきゆう)が転化した遊び。毬打とも記し,〈きゅうじょう〉〈ぎちょう〉〈ぎっちょ〉〈たまうち〉〈だきゅう〉〈まりうち〉などともいった。平安末期の《年中行事絵巻》正月遊戯の条に毬杖の図が描かれているのをはじめ,古文献に記述は多く見られるが,遊事法について詳述した文献はほとんどない。1713年(正徳3)刊の《和漢三才図会》には,当時すでに本式の毬杖は下向の道をたどり,他方わらべ遊びとしての毬杖が行われていたことが記されている。

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世界大百科事典内の毬杖の言及

【毬杖】より

…毬打とも記し,〈きゅうじょう〉〈ぎちょう〉〈ぎっちょ〉〈たまうち〉〈だきゅう〉〈まりうち〉などともいった。平安末期の《年中行事絵巻》正月遊戯の条に毬杖の図が描かれているのをはじめ,古文献に記述は多く見られるが,遊事法について詳述した文献はほとんどない。1713年(正徳3)刊の《和漢三才図会》には,当時すでに本式の毬杖は下向の道をたどり,他方わらべ遊びとしての毬杖が行われていたことが記されている。…

【打毬】より

…新ルールは土佐藩や八戸藩など地方でも行われ,明治維新後は宮内省主馬寮に受け継がれて今日に至る。平安宮中では打毬を徒歩で行うこともあり,さらに平安時代末には庶民の間に馬と毬門を用いないより簡略化した毬杖(ぎつちよう)が生み出された。【寒川 恒夫】。…

【毬杖】より

…毬打とも記し,〈きゅうじょう〉〈ぎちょう〉〈ぎっちょ〉〈たまうち〉〈だきゅう〉〈まりうち〉などともいった。平安末期の《年中行事絵巻》正月遊戯の条に毬杖の図が描かれているのをはじめ,古文献に記述は多く見られるが,遊事法について詳述した文献はほとんどない。1713年(正徳3)刊の《和漢三才図会》には,当時すでに本式の毬杖は下向の道をたどり,他方わらべ遊びとしての毬杖が行われていたことが記されている。…

※「毬杖」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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