民間防衛(読み)みんかんぼうえい(その他表記)civil defense

翻訳|civil defense

改訂新版 世界大百科事典 「民間防衛」の意味・わかりやすい解説

民間防衛 (みんかんぼうえい)
civil defense

市民防衛とも呼ぶ。一般的には,戦争や自然災害などで,民間人(非戦闘員)のこうむる生命,財産などの被害を最小限とし,被害の復旧にあたるため民間人を動員,組織して行う救護活動を指す。アメリカ国防総省は,民間防衛について〈市民生活のあらゆる面に対する敵の行動の影響を受動的措置によって最小限にするための民間人の動員,組織,指導〉と規定している(《軍事ならびに関連用語集》)。

 民間防衛は,第1次世界大戦の際にイギリスで民間人を動員して小規模な市民救護活動が行われたことから始まったが,第2次世界大戦では戦略爆撃などで民間人の被害も大きくなり,各国とも民間人を動員して救護活動を行うことが一般化した。核兵器の出現によって,使用された場合の被害が甚大となることが予想されるため,主要諸国では民間防衛に対する法令を制定し,平時から民間防衛のための対策を準備している。

 アメリカの場合,連邦政府に連邦緊急事態管理庁を設け,各州,郡,市町村などに民間防衛組織を設け,イギリス,西ドイツ(現ドイツ),フランス,スイススウェーデンなどでは内務省主務官庁となり,地方自治体に民間防衛組織を設けている。民間防衛のおもな業務は,平時にはシェルター退避壕)の設置,警報伝達組織の整備,避難や疎開計画の作成,重要物資備蓄などで,緊急事態の際は民間防衛組織を動員して,消火や救護活動を行ったり,食糧,水の分配を行ったりする。中立政策をとるスイス,スウェーデン両国は民間防衛に熱心で,緊急時には軍務につく以外の全成年男女を動員して民間防衛にあたる。シェルター建設も進み,スウェーデンでは550万人,スイスでは450万人をそれぞれ収容できるシェルター建設を完成している。旧ソ連も国民に対して民間防衛の訓練を義務づけ,核兵器や生物・化学兵器に対する訓練を行っていた。大規模なシェルター建設を進め,重要工場の分散・疎開計画をもっていたといわれる。中国の場合,民間防衛にも転用できる1億2000万人にのぼる民兵組織をもち,地上戦闘に備える態勢をとっている。また北京,上海,大連などの主要都市には大規模な地下壕を建設している。

 核戦略の側面からも民間防衛は論議を呼んでいた。民間防衛を整備することは,敵の核攻撃を受けても被害を限定することができるので,敵の核攻撃を抑止する効果を期待できるが,その反面,民間防衛が徹底的に行われると,報復攻撃による被害が少なくなり,先制攻撃の効果が高まることになる。このために過度な民間防衛の整備は,相手に対して核先制攻撃をうけるのではないかとの警戒心を高め,核抑止を不安定にするとの懸念が生まれていた。
執筆者:

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ) 「民間防衛」の意味・わかりやすい解説

民間防衛
みんかんぼうえい
civil defense

市民防衛ともいう。敵対行為または災害の危険から一般住民を保護し、その被害から回復するのを援助し、また、一般住民が生き残るために必要な諸条件を備えることを目的として、警報、疎開、避難所(シェルター)や灯火管制の管理、救急、治療、消火、消毒、危険地帯の探知と表示、応急宿舎や必需品の供給、秩序の維持と回復、公共施設の応急修理などの人道的任務の一部または全部を行うことが、それにあたる。

 1977年のジュネーブ条約追加議定書Iの第6章が詳細に規定している。市民防衛の国際標章は、オレンジ色地に明るい青色の等辺三角形である。

[宮崎繁樹]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「民間防衛」の意味・わかりやすい解説

民間防衛
みんかんぼうえい
civil defense

外敵からの軍事攻撃や侵略行為によって生じる生命や財産への危険を防ぎ,それらを守るために,一般の市民が行う非軍事的な防衛行動のこと。近代の戦争が,戦線と銃後の区別をなくし,また軍隊だけでなく国民の抵抗意志をも目標とするようになってきたため,民間防衛は組織化され,政府によってその知識や方法の普及がはかられるようになった。たとえば普通の爆発物やロケット弾,核兵器,化学的生物的兵器による攻撃に対して,どのように防御措置を講じたらよいか,空襲にそなえる退避壕や放射能への遮蔽壕をどのように設置すればよいか,消火隊や救護隊を民間でどのように編成すべきかなどである。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の民間防衛の言及

【核戦略】より

…また両国は1968年には核不拡散条約に調印,核兵器を保有・製造しない方針を明らかにしている。両国は〈総力防衛〉の防衛政策のもとで,侵略に対しては全国民を動員して国内で抵抗する防衛戦略をとり,核攻撃に対してはシェルター(退避壕)による民間防衛を重視する特殊な対抗策をとっている。 1960年代,スイス,スウェーデン両国で核兵器の保有をめぐる論争が行われた。…

※「民間防衛」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

今日のキーワード

カイロス

宇宙事業会社スペースワンが開発した小型ロケット。固体燃料の3段式で、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が開発を進めるイプシロンSよりもさらに小さい。スペースワンは契約から打ち上げまでの期間で世界最短を...

カイロスの用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android