水巻町
みずまきまち
面積:一一・〇三平方キロ
遠賀郡の東端、遠賀川河口近くの右岸平野部に位置する。旧遠賀郡域の中央部にあたり、北は芦屋町、東は北九州市八幡西区・若松区、南は中間市、西は遠賀川を挟んで遠賀町と接する。町域は明神ヶ辻山を中心に南北に長く展開する。遠賀川水系の曲川が北に流れ、同川は当町北端、八幡西区・若松区・芦屋町の境界付近で江川と合流、ほどなく遠賀川の河口部に注いでいる。町域は古代の律令制下では筑前国遠賀郡に属し、平安時代には観世音寺(現太宰府市)領山鹿庄を拠点とした山鹿氏の勢力下となったとみられる。鎌倉期から戦国期までは山鹿庄内の麻生庄などを伝領した麻生氏の影響下に入っていた。なお遠賀郡は中世後期から近世初期にかけては御牧郡ともよばれたが(御牧は三牧とも記した)、寛文四年(一六六四)幕命によって遠賀郡の旧称に復している。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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水巻〔町〕
みずまき
福岡県北部,遠賀川下流右岸にある町。 1940年町制。明治中期から炭鉱町として急激に発展し,60年には人口3万 5000を数えたが,65年からの炭鉱の合理化により,71年閉山。現在は産炭地域振興事業により,工業団地を中心に金属,電機,機械,家具などの工場が進出している。なお北九州市に接するため通勤者の住宅地化もみられる。中部の立屋敷には遠賀川式土器の出土で知られる弥生時代の遺跡がある。 JR鹿児島本線,筑豊本線,国道3号線が横断する。面積 11.01km2。人口 2万8114(2020)。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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