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筑豊本線 ちくほうほんせん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

筑豊本線
ちくほうほんせん

福岡県北部,筑豊炭田を縦貫する鉄道。 JR九州若松 (北九州市) -原田 (福岡県) 間 66.1km。若松-飯塚間は筑豊興業鉄道会社が建設,1893年開通。飯塚-桂川間は九州鉄道会社により建設,1901年開通。 07年全線を国有化し,29年桂川-原田間を延長。かつては筑豊炭田の石炭輸送に重要な役割を果した。 87年4月民営化された。

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百科事典マイペディアの解説

筑豊本線【ちくほうほんせん】

若松〜飯塚〜原田(はるだ)間のJR線。営業キロ66.1km。筑豊炭田の石炭積出しを目的として,筑豊興業鉄道により1893年若松〜飯塚間全通,のち九州鉄道により長尾(現在の上穂波)まで延長,1907年国有化された。

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世界大百科事典 第2版の解説

ちくほうほんせん【筑豊本線】

北九州市若松駅を起点とし,直方(のおがた)市,飯塚市を経て鹿児島本線原田(はるだ)駅(福岡県筑紫野(ちくしの)市)に至る66.1kmのJR九州の営業線。筑豊地区から産出する石炭の搬出を目的として筑豊興業鉄道会社の手によって建設され,1891年8月まず若松~直方間が開業,93年7月に飯塚まで開業した。その後同線は下山田まで延長開業し,97年4月に九州鉄道会社と合併,1901年飯塚~桂川(けいせん)間が開通した。

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大辞林 第三版の解説

ちくほうほんせん【筑豊本線】

JR 九州の鉄道線。福岡県若松・直方・原田間、66.1キロメートル。かつては石炭輸送線として繁栄した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

筑豊本線
ちくほうほんせん

福岡県内を走る九州旅客鉄道の線路名称。若松―飯塚(いいづか)―原田(はるだ)間66.1キロメートル。若松―飯塚間が複線化、折尾―桂川間34.5キロメートルが交流電化。遠賀(おんが)川の流域に多数分布していたかつての炭鉱都市を連ねて走り、三郡(みぐり)山地を冷水(ひやみず)トンネル(長さ3286メートル)で抜けて筑紫(つくし)平野に結ぶ。筑豊炭田の運炭鉄道として、筑豊興業鉄道(のち筑豊鉄道)によって1891~1893年(明治24~26)若松―飯塚間が開業し、同鉄道が1897年九州鉄道に合併されたのち、1901年(明治34)飯塚―長尾(現、桂川(けいせん))間が開業した。1907年国有化され、1909年に若松―飯塚―上山田(かみやまだ)間を筑豊本線、飯塚―長尾間を長尾線としたが、長尾線が延長され、1928~1929年(昭和3~4)に長尾―原田間が全通するに及んで、若松―飯塚―原田間を筑豊本線とし、飯塚―上山田間を分離して上山田線(1988年廃止)とした。かつては沿線にあった多数の炭鉱から若松港への石炭輸送でにぎわい、多数の支線と接続し、直方(のおがた)、飯塚などの炭鉱都市が繁栄したが、炭鉱の消滅とともにこの線の需要も急速に減退した。1987年、日本国有鉄道の分割民営化により、九州旅客鉄道に所属。他線を含めた黒崎―桂川―博多間に「福北(ふくほく)ゆたか線」、若松―折尾間に「若松線」、桂川―原田間に「原田線」の愛称がそれぞれある。[青木栄一・青木 亮]

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