日本大百科全書(ニッポニカ) 「『水滸伝』の登場人物」の意味・わかりやすい解説
『水滸伝』の登場人物
すいこでんのとうじょうじんぶつ
『水滸伝』の中国での評価は、農民起義を描いた文学としてのそれに尽きる。その際つねに問題となるのが、天子の招安(しょうあん)を受けて帰順し、同じ農民起義軍の方臘(ほうろう)を討伐する側に回った宋江(そうこう)の評価である。それゆえ起義軍の宋江と方臘討伐軍の宋江が別人であることを論ずる者も少なくない。しかし文学としての『水滸伝』の評価はこれとは別に成り立つであろう。
宋江(そうこう)
鄆城(うんじょう)県の下級役人を勤める色黒で小さな男だが、好漢たちには「及時雨(きゅうじう)」(旱天(かんてん)の慈雨)と慕われている。梁山泊(りょうざんぱく)の晁蓋(ちょうがい)らとのつながりを知られたことから囲い者の閻婆惜(えんばしゃく)を殺して江州に流され、そこで酔って反詩(謀反の詩)を詠み、刑場で梁山泊の好漢に救われ、ついにその首領に納まる。小説における位置は『三国志演義』の劉備(りゅうび)、『西遊記(さいゆうき)』の三蔵法師に比されるが、両者のいわば善意の無能力に加え、金聖嘆(きんせいたん)に「邪悪」とも評される二面性を有する点が相違する。そもそも前半の宋江と、帰順後国に忠義を尽くし、最後は毒酒と知りつつこれを仰ぎ、謀反のおそれありと乱暴者の李逵(りき)にまでこれを飲ませて死の道連れとした後半の宋江とでは性格が一貫しない。宋江は『水滸伝』の英雄には珍しく女色を近づけた人物であり、それゆえに罪に落ちた。また前述のごとき風采(ふうさい)のあがらない人物として形象化されている(先行文献にはそのような記載はない)。劉備には漢室の末裔(まつえい)という金看板があり、三蔵法師には孫悟空(そんごくう)を手なずける緊箍呪(きんそうじゅ)があったが、宋江にはこれにあたるものすらない。小説後半の宋江は、彼以上に生き生きとし、ともすれば暴走しがちな好漢たちを忠義につなぎとめ、既定の帰順、方臘討伐から一党離散へと収束させる役割を担わされているのだが、このために、実在の宋江に基づく部分の多い前半の宋江との間に破綻(はたん)をきたしているのである。
李逵(りき)・武松(ぶしょう)・魯智深(ろちしん)
向こう見ずですぐに謀反を叫んで宋江の顔をしかめさせる黒旋風(こくせんぷう)こと李逵、虎(とら)を手打ちにした行者(ぎょうじゃ)の武松、げんこつ3発で人を殺して和尚(おしょう)とはなったものの素行は相変わらずで五台山(ごだいさん)を追い出される花和尚(かおしょう)こと魯智深の3人は、『三国志演義』の張飛(ちょうひ)、『西遊記』の孫悟空タイプの人物で、金聖嘆にも上々の人物と評される。いずれも直情径行型の人物で、講釈師、ひいては民衆にはぐくまれた人物形象といえよう。
呉用(ごよう)・朱武(しゅぶ)・公孫勝(こうそんしょう)
『三国志演義』での諸葛孔明(しょかつこうめい)の役割を3人で担っているが、智多星(ちたせい)呉用の智は目だたず、神機軍師(しんきぐんし)朱武の軍師としての役割もあいまいで、入雲竜(にゅううんりゅう)公孫勝の妖(よう)の面のみが突出しすぎたきらいがある。108人もの好漢を個性的に描くのは至難の技といえよう。
晁蓋(ちょうがい)・楊志(ようし)・林冲(りんちゅう)
梁山泊の第2代目の首領托塔天王(たくとうてんのう)の晁蓋、花石綱(かせきこう)(江南の樹木や太湖石の都汴京(べんけい)への運搬)をしくじったことがきっかけで好漢の仲間入りをした青面獣(せいめんじゅう)の楊志、長官高俅(こうきゅう)ににらまれて殺されかけた豹子頭(ひょうしとう)の林冲は、体制からはみだした体制側の人間といえよう。