日本歴史地名大系 「池田城跡」の解説
池田城跡
いけだじようあと
池田氏の出自は明確にはできないが、その活動は南北朝時代からみられる。貞治二年(一三六三)五月二日の足利義詮御判御教書案(成簣堂大乗院文書)によると、奈良興福寺領
池田城跡
いけだじようあと
吉野川右岸、西から延びた台地上に位置。大西城とも称し、中世大西氏の居城であった
〔中世〕
承久の乱後に阿波の守護になった小笠原長清以降代々小笠原氏が居住し、守護所となったとも伝えるが不詳。「阿波志」は小笠原長清が築いたと伝え、「城跡記」は長清の子長経が拠ったと伝えている。また小笠原氏は最初
池田城跡
いけだじようあと
池田集落南方の
池田城跡
いけだじようあと
池田城跡
いけだじようあと
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報